2月25日は、春の足音が近づく頃。
そして、夕刊紙の日でもあります。
本記事ではサクッと流し読みしたい方から
とことん深く知りたい方に向けて、今日の雑学を幅広く紹介。
2月25日という今日を知るための情報がここにあります。
それでは魂を込めた完全ガイドをどうぞ!
2月25日|今日は何の日?

夕刊紙の日
1969年(昭和44年)の2月25日、日本初の駅売り専門のタブロイド判夕刊紙「夕刊フジ」が創刊されたことにちなむ記念日です。当時の日本は高度経済成長期の真っただ中で、仕事帰りのサラリーマンを中心に、手軽に読めるニュースや娯楽情報が求められていました。ページの半分ほどのタブロイド判は満員電車の中でも広げやすく、現代のスマートフォンやタブレットさながらに、身近な情報源として一時代を築きました。
深良用水完成の日

1670年(寛文10年)の2月25日、芦ノ湖の水を箱根の山を越えて静岡県側へ引くトンネル式用水路「深良(ふから)用水」が貫通したことにちなむ記念日です。箱根用水とも呼ばれ、水不足に苦しむ駿河国(現在の静岡県裾野市深良地区など)の農民を救おうと、約1,280メートルにおよぶトンネルを両側から手掘りで掘り進めました。当時の高い測量技術と土木技術の結晶であり、今なお地域の農業や暮らしを支える貴重な水源となっています。
道真忌

延喜3年2月25日(旧暦。西暦では903年3月26日)、平安時代の学者であり政治家でもあった菅原道真が、左遷先の大宰府で生涯を閉じた命日です。優れた学識と才能を持ちながらも政争に敗れて都を追われ、不遇のまま没しました。のちに天神様として神格化され、いまでは「学問の神様」として全国の天満宮に祀られています。この日は各地の天満宮で梅花祭など、道真公の遺徳を偲ぶ神事や行事が執り行われます。
茂吉忌
1953年(昭和28年)の2月25日、大正から昭和にかけて活躍した日本を代表する歌人であり、精神科医でもあった斎藤茂吉が亡くなった命日です。アララギ派の中心人物として、『赤光(しゃっこう)』や『あらたま』といった名歌集を残し、近代短歌の発展に大きく貢献しました。青山脳病院の院長を務めるなど、医療と文学の両面で確かな足跡を残した人物としても広く知られています。
2月25日|語呂合わせ記念日

225の日

「225」が日経平均株価(日経225)を意味することから、2月25日に定められた記念日です。日経225は日本の株式市場を代表する225銘柄で構成される株価指数で、経済の動きを映す重要な指標となっています。個人投資家向けに情報を発信する株式会社ゲイターズが、多くの人に投資や資産形成へ関心を持ってもらおうと制定しました。運営サイト「225Labo」にちなんだ、覚えやすい記念日です。
親に感謝の気持ちを伝える日
「2」が親と子の双方を、「25」がニッコリ笑顔を表す語呂合わせにちなみ、親へ感謝の気持ちを伝える日として株式会社ボンズコネクトによって制定されました。普段は照れくさくてなかなか言葉にできない両親への「ありがとう」を、この日をきっかけに伝えてみようという願いが込められています。手紙を書いたり、プレゼントを贈ったり、一緒に食事を楽しんだり。家族の絆を深める、心温まる記念日です。
ひざ関節の日
英語でひざを意味する「Knee(ニー=2)」と、「ニッ(2)コ(5)リ」の語呂合わせから、キューサイ株式会社が2月25日に制定しました。年齢を重ねるほど悩みが増えるひざ関節の健康を見直し、いつまでも自分の足で元気に歩き続けられるよう、予防やケアの大切さを呼びかけています。適度な運動やストレッチ、生活習慣の見直しなど、関節をいたわる行動を始めるのにぴったりの日です。
ヌヌコ記念日
あけましておめでとうございます
今年もよろしくお願いします🌅 pic.twitter.com/iX4xzLc2Zf— ヌヌコ日和 (@nunukobiyori) January 1, 2021
「2(ヌ)2(ヌ)5(コ)」というユニークな語呂合わせから生まれたキャラクターの記念日です。この日はキャラクター「ヌヌコ」の誕生日でもあり、ファン同士が交流したり、作品の魅力をSNSなどで共有したりして楽しむ日として親しまれています。語呂合わせの面白さを活かしたこうした記念日は、ファンの輪を広げ、日常にちょっとしたワクワク感を届けてくれます。
2月25日|食べ物の記念日

ヱビスの日
1890年(明治23年)の2月25日、サッポロビールの前身にあたる日本麦酒醸造会社から「ヱビスビール(当時:恵比寿ビール)」が初めて発売されたことにちなむ記念日です。本場ドイツの設備と技術を取り入れ、品質にこだわって醸造されたヱビスビールは、発売わずか1か月後の内国勧業博覧会で高い評価を受けるなど、当初から高級ビールとして人気を集めました。その伝統と深いコクはいまも受け継がれ、特別な日やちょっと贅沢な時間を彩る一杯として愛され続けています。
2月25日|歴史上の出来事

未知との遭遇 公開(1978年)
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1978年のこの日、スティーヴン・スピルバーグ監督によるSF映画『未知との遭遇』が日本で公開されました。光と音を用いて異星人とコミュニケーションを図るという斬新な演出が大きな話題を呼び、社会現象とも言える一大ブームを巻き起こしました。その後のSF映画やアニメに多大な影響を与えた金字塔的な作品として、今も語り継がれています。
その他の出来事
1969年 夕刊フジ創刊
「オレンジ色のニクい奴」のキャッチコピーで、駅売り夕刊紙という新ジャンルを確立しました。1973年 ニセ夜間金庫事件発生
大阪市の銀行に偽の夜間金庫が設置され、レシートまで出る巧妙な手口で売上金が狙われました。1989年 ファミコンジャンプ発売
ジャンプ創刊20周年記念作として歴代の人気キャラが集結し、当時の子どもたちを熱狂させました。1999年 日本初の法的脳死判定

2024年に撮影された高知赤十字病院 / Wikimedia Commons 高知赤十字病院で臓器移植法に基づき実施され、日本の本格的な移植医療の始まりとなりました。
2010年 浅田真央が銀メダル

2010年冬季オリンピックのメダル授与式での浅田真央 / David W. Carmichael / CC BY-SA 3.0 / via Wikimedia Commons バンクーバー五輪で一つの演技中に2度のトリプルアクセルを成功させる女子初の快挙を達成しました。
2018年 LS北見が銅メダル

カルガリーで撮影されたロコ・ソラーレとSC軽井沢のメンバー / Japan 在カルガリー日本国総領事館 [Consulate-General of Japan in Calgary] / CC BY 4.0 / via Wikimedia Commons ロコ・ソラーレが日本カーリング史上初の五輪メダルを獲得し「そだねー」も流行語となりました。
2月25日|誕生日の有名人

芸能人・タレント
花澤香菜
・東京都出身
└代表作多数
└高い演技力
└歌手も展開
松本若菜
・鳥取県出身
└電王で注目
└数々の賞受
└演技派女優
寺脇康文
・大阪府出身
└相棒の亀山
└名バイプレ
└舞台も活躍
ジョージ・ハリスン
・ビートルズ
└リードギタ
└名曲を量産
└ソロも成功
スポーツ・偉人
松山英樹
・愛媛県出身
└マスターズ
└日本人初V
└世界の松山
中澤佑二
・埼玉県出身
└ボンバー
└日本代表DF
└解説で活躍
ウルフ・アロン
・東京都出身
└東京五輪金
└100kg級
└タレント性
ルノアール
・フランス
└印象派巨匠
└豊かな色彩
└裸婦像など
アニメ・漫画キャラ
定春
・『銀魂』
└巨大な白犬
└好物はイチ
└実は宇宙生物
宇佐美時重
・『金カム』
└鶴見の心腹
└狂気と執着
└凄腕の兵士
如月千早
・『アイマス』
└圧倒的歌唱
└クールな美
└歌に生きる
三船美優
・『デレマス』
└癒やし系お姉さん
└元OLの経歴
└お酒が好き
2月25日|誕生石&誕生花

2月25日の誕生石と誕生花を紹介します。
石&花に込められた意味や由来を、今日という日の彩りにどうぞ。
Hauyne
アウイナイト
高貴・情熱・再生
鮮やかなコバルトブルーの輝きを放つこの希少な石は、ドイツのアイフェル地方でのみ産出されます。
画家フェルメールが愛した青色にも通じるとされ、過去を手放し新たな希望へと向かう勇気をくれます。
Fritillaria
バイモ(貝母)
飾らない心
淡い緑色をした釣り鐘状の花をうつむき加減に咲かせ、古くから日本の庭園や茶席を彩ってきました。
控えめで素朴な佇まいは周囲に静けさをもたらし、ありのままの自分を受け入れる安らぎを与えてくれます。
2月25日|誕生日占い

王道の星座占いと、誕生日をもとにした数秘術を掛け合わせた性格診断・運勢占いです。
2月25日生まれは、魚座の「豊かな想像力」と数秘7の「鋭い直感力」を兼ね備えた、独自の感性が光るタイプ。
性格と才能
- 豊かな感受性を持つ
- 鋭い観察力がある
- 独自のセンスが光る
- 探求心がとても強い
- 一人の時間を愛する
運勢・対人関係
- 対人:少人数で深く繋がる
- 恋愛:精神的な絆を求める
- 金運:自己投資が吉を呼ぶ
- 幸運数:7
- 幸運色:ネイビー
以上、参考までにどうぞ。
2月25日|今日の一言

2月25日 命日の歌人、斎藤茂吉の歌集『赤光(しゃっこう)』より。
死に近き
母に添寝の
しんしんと
遠田のかはづ
天に聞ゆる
出典:『赤光』
Mokichi Saitō
ただ、そばにいるということ
斎藤茂吉 (1882–1953)
斎藤茂吉は、東京で精神科医として多忙な日々を送る歌人でした。
ある春の日、ふるさと山形で母が危篤だという報せが届きます。
茂吉は取るものもとりあえず夜汽車に飛び乗り、北の故郷へと急ぎました。
ようやくたどり着いたとき、母はもう言葉を交わすこともできないほど弱っていたといいます。
医師である茂吉には、その命がもう永くないことが、誰よりもよくわかっていました。
それでも彼にできたのは、ただ母のかたわらに身を横たえ、最期の時間をそばで過ごすことだけでした。
何もしてあげられなくても、そばにいるだけで、人は人を支えている
大切な人が弱っていくとき、私たちはしばしば、自分の無力さに打ちのめされます。
気の利いた言葉も、特別な手立ても、何ひとつ浮かんでこないかもしれません。
けれど茂吉のこの一首が静かに教えてくれるのは、ただそばにいることの、はかりしれない深さです。
遠い田から響くかえるの声が天へのぼっていくように、声にならない想いは、きっと相手に届いています。
もしいま、誰かのそばでただ立ち尽くしている人がいるなら、そこにいるというそのことが、もう十分すぎるほどの寄り添いなのだと思います。
(雑学ならここ編集部より)
参考文献・出典
※その他、公開情報をもとに編集しています。


