冬の飾りや布の柄で見かける、美しい雪の結晶。実はあの小さな形を、江戸時代に顕微鏡で観察していたお殿さまがいました。古河藩主の土井利位(どいとしつら)です。長年の観察をまとめた『雪華図説』には、雪を「華」と呼びたくなるような結晶図が収められています。
今回は、その図集と雪華模様を描いた浮世絵を眺めながら、観察の工夫や図柄が広まった道のりをご紹介します。研究の成果が着物の模様にもつながる、江戸時代の科学とおしゃれの意外な接点をのぞいてみましょう。
※江戸時代の特定の人物・資料を取り上げています。浮世絵は絵師による表現であり、当時の生活をそのまま写した記録ではありません。
1.お殿さまの雪研究

『雪華図説』を著したのは、古河藩主の土井利位という人物で、約20年もの歳月をかけて雪の結晶を観察し続けたことで知られています。観察には、あらかじめ冷やした黒い布で雪を受け、ピンセットで黒い漆器へ移す方法を用いました。顕微鏡をのぞくときは吐息がかからないように注意するなど、雪を溶かさず扱う丁寧な工夫が凝らされていたのです。1832年刊の図集には、結晶の姿だけでなくこうした観察方法も詳しく記されています。
画像:国立国会図書館デジタルコレクション・土井利位『雪華図説』(1832年刊)、第16コマ(著作権保護期間満了)。参考:古河市「古河市と雪華(せっか)」、印刷博物館『雪華図説』
2.オランダの図も収録

『雪華図説』に収められた結晶図は、実はすべてが利位自身の観察によるものではありません。自らが観察した86種に加えて海外の書物から引用した12種も一緒に掲載されています。引用元となったのは、牧師マルチネットが著した自然についての科学入門書『格致問答(かくちもんどう)』でした。日本で雪を観察した成果と海を越えて届いた知識が一冊に同居している点も、この図集ならではの大きな魅力です。
画像:国立国会図書館デジタルコレクション・土井利位『雪華図説』(1832年刊)、第17コマ(著作権保護期間満了)。参考:国立国会図書館「NDLイメージバンク・雪華図説」、国立国会図書館「江戸時代の日蘭交流・雪華図説」
3.結晶が着物の模様に

お殿さまの雪の研究は、本の中だけでは終わりませんでした。私家版だった『雪華図説』の結晶図は、1836年刊の『北越雪譜』に引用されて広く知られるようになり、庶民の間で「雪華模様」として大流行したのです。利位の官名「大炊頭(おおいのかみ)」にちなんで「大炊模様」とも呼ばれました。歌川国貞の浮世絵『百人一首絵抄』でも、雪の中を歩く女性の装いに繊細な結晶のデザインが描かれています。
画像:国立国会図書館デジタルコレクション・歌川国貞『百人一首絵抄 十五 光孝天皇』(著作権保護期間満了)。参考:国立国会図書館「江戸時代の日蘭交流・百人一首絵抄」、同「雪華図説」
まとめ
『雪華図説』は、ただ美しい結晶図を集めただけの本ではありません。お殿さまが長年続けた地道な観察と雪を溶かさない工夫、そしてオランダから届いた自然の知識が重なって生まれた貴重な図集です。小さな雪を見つめるために黒い布やピンセットまで用意していたことからも、当時の研究の丁寧さが伝わってきますね。
その結晶図は別の本を通じて世に広まり、素敵な着物の模様にもなりました。図集と浮世絵を並べて見ると、科学の観察と暮らしのデザインが深くつながっていたことに気づかされます。次に雪の結晶柄を見かけたら、「江戸時代にも、これを顕微鏡で眺めたお殿さまがいたんだな」とぜひ思い出してみてください。
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