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10月26日|歴史上の出来事を年代順にまとめ【今日は何の日?】

10月26日 歴史上の出来事

「今日は何の日?」と気になって、歴史上の出来事を知りたい方へ。

10月26日に起きた歴史的な出来事を、年代順にピックアップして紹介します。

教科書に載るような大きな事件から、身近に起きた出来事まで、幅広く雑学としてまとめました。

10月26日の歴史・出来事

歴史上の出来事

1825年:エリー運河が全通

エリー運河の開通を祝い、デウィット・クリントンがエリー湖の水を大西洋へ注ぐ場面
エリー運河開通を祝う「水の結婚」の式典を描いた版画 / Wikimedia Commons

アメリカ北東部のハドソン川と五大湖を結ぶ全長約584kmのエリー運河が、この日全通しました。馬が引っ張る船が内陸の物資を運び、ニューヨークを一大商業都市へ押し上げた立役者です。当時としては桁外れの大工事で「クリントンの溝」と揶揄されながらも完成。鉄道時代が来る前、アメリカ経済の動脈として大活躍した、知る人ぞ知る縁の下の力持ちなのです。

1860年:テアーノの握手

テアーノで会見するヴィットーリオ・エマヌエーレ2世とガリバルディを描いた絵画
ピエトロ・アルディ筆「テアーノにおけるヴィットーリオ・エマヌエーレ2世とガリバルディの会見」 / Wikimedia Commons

イタリア統一の英雄ガリバルディが、自ら征服した南イタリア(両シチリア王国)を、サルデーニャ王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世に「どうぞ」と差し出した日です。野心があれば自分が王になれたはずなのに、統一イタリアのためにあっさり献上。この「テアーノの握手」によってイタリア統一は一気に前進しました。私欲より大義を選んだ、教科書映えする名場面です。

1881年:OK牧場の決闘

1882年ごろのアリゾナ州トゥームストーンにあったO.K.コラル
決闘の翌年に撮影されたトゥームストーンのO.K.コラル / Wikimedia Commons

西部劇でおなじみ「OK牧場の決闘」が起きたのがこの日です。保安官ワイアット・アープ側とアウトロー集団カウボーイズが、アリゾナ州トゥームストーンのO.K.コラル付近で銃撃戦を展開しました。実際の撃ち合いはわずか30秒ほどだったとも言われますが、後に数々の映画で脚色され伝説に。ちなみに「牧場」という日本語訳は誤りで、本来は馬を囲う「囲い場(コラル)」だったのです。

1905年:ノルウェー独立

ノルウェー国旗を掲げる女性を描いた1905年の絵はがき
スウェーデンとの連合解消を問う1905年の国民投票時に作られた絵はがき / Wikimedia Commons

スウェーデンとの同君連合だったノルウェーの分離独立が、この日正式に承認されました。注目すべきは、戦争をほとんど起こさず話し合いで平和的に独立を果たした点です。緊張は高まったものの、最終的に国民投票も経て円満離婚。北欧らしい冷静な解決として、現代でも平和的分離のお手本として語られることがあります。北欧の地図が今の形になった節目の日です。

1909年:伊藤博文暗殺

ハルビン駅でロシア蔵相ココフツォフらと並ぶ伊藤博文
暗殺直前、ハルビン駅で撮影された伊藤博文 / Wikimedia Commons

初代内閣総理大臣として知られる伊藤博文が、中国・ハルビン駅で韓国の独立運動家・安重根に銃撃され、命を落としました。千円札の肖像にもなった日本近代史の重要人物の最期です。この事件は日本の韓国併合を早める一因にもなり、現在も日韓の歴史認識をめぐって度々語られます。一人の暗殺が東アジアの歴史を大きく動かした、重い一日でした。

1941年:初の三冠馬誕生

1941年の菊花賞で決勝線に到達する競走馬セントライト
1941年の菊花賞を制し、三冠を達成したセントライト / Wikimedia Commons

競走馬セントライトが菊花賞(当時の京都農林省賞典四歳呼馬)を制し、日本競馬史上初のクラシック三冠馬となりました。皐月賞・ダービー・菊花賞をすべて勝つという偉業は、これまでにわずか8頭しか達成していない狭き門です。戦時下の混乱の中で打ち立てられた記録で、その圧倒的な強さは日本競馬の原点として今も語り継がれています。競馬ファンにとって記念すべき始まりの日です。

1942年:南太平洋海戦

南太平洋海戦で至近弾を受けて傾くアメリカ海軍空母ホーネット
南太平洋海戦で日本軍機の攻撃を受ける空母ホーネット / Wikimedia Commons

太平洋戦争中のこの日、日米の空母同士が激突した南太平洋海戦が起きました。ガダルカナル島をめぐる攻防の一環で、日本軍は米空母ホーネットを撃沈する戦果を挙げています。しかし熟練の搭乗員を多数失い、「勝って負けた」とも評される戦いでした。派手な勝利の裏で取り返しのつかない損耗が進んでいた、戦局の転換点を象徴する海戦です。

1947年:不敬罪などを廃止

日本国憲法の原本
戦後の刑法改正の前提となった日本国憲法の原本 / Wikimedia Commons

日本国憲法の施行に伴い改正刑法が公布され、「不敬罪」と「姦通罪」がこの日廃止されました。不敬罪は天皇や皇族への不敬な言動を罰するもので、戦前は言論統制の道具にもなりました。また姦通罪は妻の不貞だけを罰する男女不平等な法律でした。戦後の新しい価値観へと法律が大きく舵を切った、知っておくと「へぇ」となる転換点です。

1955年:墺の永世中立宣言

オーストリアの永世中立を定めた1955年の連邦官報
オーストリアの永世中立を定めた憲法法律の官報 / Wikimedia Commons

オーストリア議会が永世中立を決議した日です。第二次大戦後、連合国に分割占領されていたオーストリアは、中立を約束することで占領軍の撤退と独立を勝ち取りました。スイスと並ぶ中立国として知られるようになったのはこの時から。現在この10月26日はオーストリアの「建国記念日(ナショナルデー)」として祝われており、国の誕生日とも言える特別な日なのです。

1963年:日本初の原子力発電

茨城県東海村の日本原子力研究所で、日本初の原子力発電に成功したのがこの日です。アメリカから輸入した試験炉で「原子の火」が灯りました。これを記念して10月26日は「原子力の日」に制定されています。エネルギー大国を夢見て歩み始めた日本の原子力史の出発点ですが、後の事故も含め、私たちにエネルギーのあり方を考えさせる節目の日でもあります。

1983年:昭和記念公園開園

紅葉した木々が広がる国営昭和記念公園
秋の国営昭和記念公園 / coniferconifer / CC BY 2.0 / via Wikimedia Commons

東京都立川市・昭島市にまたがる国営昭和記念公園が、この日第一期区域を開園しました。昭和天皇の在位50年を記念して造られた広大な公園で、春のチューリップ、秋のコスモスや紅葉など四季折々の絶景で人気を集めています。米軍立川基地の跡地を緑あふれる憩いの場へと生まれ変わらせた点も特徴的。今や首都圏屈指の行楽スポットとして親しまれています。

10月26日の歴史まとめ

歴史上の出来事のまとめ

政治・戦争といった硬派な出来事から、競馬の偉業や公園の開園まで、硬軟入り混じった多彩な一日でしたね。中立国の誕生や原子力の出発点など、現代に通じる節目も目立ちます。

こうして振り返ると、今日は何の日とも思っていなかった毎日が、特別な出来事の連続だったことがわかります。

ぜひ、今日の雑学をきっかけに歴史の教養を深めてみてください。

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