猫の絵といえば、眠ったり、じゃれたりするかわいい姿を思い浮かべますよね。ところが、江戸時代の浮世絵師・歌川国芳(うたがわくによし)の猫たちは、それだけではありません。文字になったり、芝居を演じたりと、絵の中で思いがけない役割を任されています。
今回は、国芳が描いた猫の浮世絵を眺めながら、絵に隠されたユニークな仕掛けを楽しみましょう。遠くから見るとわかる工夫もあれば、着物や小道具に注目して見つかる冗談もあります。かわいい猫を探すつもりで見ていくと、一枚の絵がいつもと違って見えてきますよ。
※紹介する絵には、芝居や伝説を題材にした創作、人物を猫に置き換えた表現が含まれます。当時の暮らしをそのまま記録したものではありません。
1.ドクロの正体は猫

この男性の着物には、迫力のあるドクロ模様が描かれています。ところが、よく見るとその不気味な輪郭は小さなものを組み合わせて別の大きな形を作る「寄せ絵」の工夫によって、たくさんの白い猫が寄り集まってできているのです。作品は「国芳もやう正札附現金男 野晒悟助」。まず少し離れて全体の模様を見つけ、次に画像を大きくして一匹ずつの姿を探してみてください。怖そうな意匠が、猫好きらしい遊び心に変わります。
画像:アムステルダム国立美術館所蔵・歌川国芳「国芳もやう正札附現金男 野晒悟助」(1846年と登録、RP-P-1974-83)/Wikimedia Commons。画像:CC0 1.0。参考:北斎今昔「歌川国芳ってどんな人?」
2.猫を読む浮世絵

猫がぎゅっと集まったこの絵、ただ眺めるだけでなく文字として楽しむこともできます。国芳の「猫の当字 なまづ」は、しなやかな体を組み合わせて魚の名前を表した作品です。右上から、昔の表記で「なまづ」と読めます。「猫の当字」シリーズには他にも「かつを」「たこ」「ふぐ」「うなぎ」があり、文字と動物の姿が見事に一体になっています。文字の線をなぞるつもりで、それぞれの体の向きを追うのが楽しい見方です。
画像:歌川国芳「猫の当字 なまづ」(1841~1843年頃と登録)/Wikimedia Commons。パブリックドメイン。参考:北斎今昔「江戸にゃんこ」展レポート、国立国会図書館「江戸の文字遊び」
3.芝居の小道具も猫仕様

着物姿の猫が、なぜタコをたたいているのでしょう。これは「流行猫の戯 梅が枝無間の真似」という、歌舞伎の名場面をパロディにした作品です。国芳の工夫は、登場人物の顔を動物にするだけではありません。着物の柄や周囲の品々にまで好物の魚介類を取り入れているのです。画面のタコも、その徹底した演出の一つ。人間らしい大げさな身ぶりと、ユニークな食べ物の取り合わせを見比べると、当時の冗談がいっそう伝わってきます。
画像:歌川国芳「流行猫の戯 梅が枝無間の真似」/Wikimedia Commons。パブリックドメイン。参考:福岡市博物館による同作品の解説/Google Arts & Culture
4.東海道がダジャレに

街道の宿場町を描くのに、風景ではなく猫がずらりと並んでいます。「其まゝ地口 猫飼好五十三疋」は、各地の名称を猫のしぐさや特徴の語呂合わせにした三枚続きです。「地口(じぐち)」とは、言葉をもじる江戸の遊びのこと。例えば日本橋は、二本の鰹節で「にほんだし」。保土ヶ谷は、喉をかく姿の「のどかい」に掛けています。書かれた札とそばにいる猫を見比べると、少々強引なユーモアも含めて言葉遊びを味わえます。
画像:歌川国芳「其まゝ地口 猫飼好五十三疋」(1850年と登録)/Wikimedia Commons。パブリックドメイン。参考:北斎今昔「お猫様の東海道『猫飼好五十三疋』」
5.影に現れる化け猫

「東海道五十三対 岡部」では、若い女性に襲いかかる老女だけでなく、そばの行灯(あんどん)にも注目です。行灯に不気味に浮かび上がるシルエットが、怪異の場面だと知らせています。岡部の宇津山には、老女に化けて人を脅かした山猫が石になったという「猫石」の伝説がありました。この絵は、歌舞伎の演出も踏まえたものと考えられています。人間の姿と動物ならではの輪郭を一緒に描くことで、恐ろしい正体をほのめかす怪談らしい仕掛けです。
画像:出典・国立国会図書館デジタルコレクション、歌川国芳「東海道五十三対 岡部」。著作権保護期間満了。参考:藤沢市藤澤浮世絵館・Fujisawa Net Museum「東海道五十三対 岡部」(1843~1847年と解説)
6.猫も役者も落書き風

登場人物の顔も動物も、蔵の壁にいたずら書きしたような素朴な線で描かれています。「荷宝蔵壁のむだ書」は、天保の改革で役者絵の出版が禁じられたなか、人気のスターを描こうとする工夫から生まれた浮世絵です。着物を着た猫もそのユニークな世界に入り込み、画面にユーモアを添えています。釘で白壁をひっかいたような描き方は、決して手抜きではなく計算された絵の趣向。整った似顔絵とは違うおかしみがあります。
画像:歌川国芳「荷宝蔵壁のむだ書」/Wikimedia Commons。パブリックドメイン(PD-Art)。参考:山口県立萩美術館・浦上記念館「荷宝蔵壁のむだ書(黄腰壁)」(1847年頃)、太田記念美術館「笑う浮世絵」
7.猫のそばに作者の姿?

人形を彫る男性のすぐそばに、丸まった猫がいます。「名誉右に無敵左り甚五郎」は伝説の名工・左甚五郎を描いた作品ですが、国芳が好んだ閻魔のどてらや芳桐印の手拭いから、絵師自身の姿が重ねられていると考えられています。彼は自分の姿を作品に入れるとき、あえて顔を見せず後ろ姿で描きました。足元の小さな相棒はかわいい脇役であると同時に、見る人に隠れた遊び心を気づかせる大切な手掛かりにもなっているのです。
画像:歌川国芳「名誉右に無敵左り甚五郎」/Wikimedia Commons。パブリックドメイン(PD-Art)。参考:太田記念美術館・日野原健司による国芳の肖像解説
8.猫と鼠の宴会に教訓

天敵同士のはずの二匹が、追いかけっこではなく仲良くお酒を酌み交わしています。1842年の「心学稚絵得 猫と鼠」は、楽しい擬人化の絵であると同時に、恐ろしい相手を「にゃんとも」思わない油断から身を取られるという戒めが込められた作品です。鳴き声をうまく言葉に混ぜた冗談も国芳らしいところ。和やかそうに見える酒席の絵と、その上に添えられた歌を見比べると、ユーモラスな画面にもう一つの深い意味が加わります。
画像:歌川国芳「心学稚絵得 猫と鼠」(1842年)/Wikimedia Commons。パブリックドメイン(PD-Art)。参考:山口県立萩美術館・浦上記念館「うきよえどうぶつ展」、「没後160年記念 歌川国芳」展レポート
9.ことわざを猫で実演

「猫に小判」や「猫に鰹節」など、現代の私たちが耳にする言い回しを、国芳は愛らしい姿で視覚化しました。1852年の「たとえ尽の内」は、一見ただのポーズ集に見えて、実は慣用句を当てるクイズのような絵解きになっている三枚続きです。ここに掲載した右図でも、そばに描かれた小道具が言葉を読み解くヒントになります。日常の会話でこうした表現を使うとき、このユニークな一枚を思い出すと少し楽しくなりそうですね。
画像:歌川国芳「たとえ尽の内」右図(1852年)/Wikimedia Commons。パブリックドメイン。参考:大阪歴史博物館「ニャンダフル 浮世絵ねこの世界展」作品解説
まとめ
国芳の猫は、ただかわいい動物として描かれるだけではありません。体を寄せれば文字やドクロになり、着物を着れば芝居の登場人物になるなど、自由自在に姿を変えています。さらに地名やことわざと組み合わせることで、江戸っ子らしい粋な言葉遊びまで生まれます。同じモチーフでも、絵の中で何を表す役なのかに気づくと、作品の見え方ががらりと変わってきますよ。
楽しむコツは、最初に全体を眺め、次に一匹ずつ、着物や小道具の細部まで見ていくことです。最後に題名や絵の中の言葉を確かめると、見落としていたユーモアや隠れた冗談を拾えることがあります。次に浮世絵を見かけたら、「この子は何の役だろう」と少しだけ立ち止まって、周りの人にもぜひその面白い仕掛けを話してみてくださいね。
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