8月2日は、夏本番の活気あふれる頃。
そして、ホコ天記念日でもあります。
本記事ではサクッと流し読みしたい方から
とことん深く知りたい方に向けて、今日の雑学を幅広く紹介。
8月2日という今日を知るための情報がここにあります。
それでは魂を込めた完全ガイドをどうぞ!
8月2日|今日は何の日?

学制発布記念日

1872年(明治5年)8月2日、太政官布告とともに「学制」が公布されたことに由来します。日本初の近代的な学校教育制度が創設され、全国を学区に分けて小学校などを設置する計画が立てられました。身分や性別に関係なく、国民全員が教育を受けられる社会の礎となった重要な日です。
ホコ天記念日

1970年(昭和45年)8月2日、東京の銀座、新宿、池袋、浅草で日本初の歩行者天国が実施されたことにちなんでいます。自動車の排気ガスや交通事故から歩行者を守ろうと、車を締め出して週末の目抜き通りを開放。約80万人もの人出でにぎわい、多くの人が車道を歩ける解放感を楽しみました。
金銀の日

1928年(昭和3年)8月2日、アムステルダムオリンピックにおいて織田幹雄が陸上三段跳で日本人初の金メダル、人見絹枝が陸上女子800mで日本人女性初のメダル(銀)を獲得した偉業に由来します。日本のスポーツ史に燦然と輝く歴史的な出来事を称え、後世に語り継ぐための記念日です。
8月2日|語呂合わせ記念日

パンツの日
「パ(8)ンツ(2)」の語呂合わせから、1984年に奈良県の下着メーカー・磯貝布帛工業(現イソカイ)が自社ブランド「シルビー802」にちなんで制定しました。同じ日付でワコールも「ワコールのパンツの日」を定めており、大切な人にパンツをプレゼントする新しいコミュニケーションの形として、贈り合う習慣も親しまれています。
博多人形の日

「はか(8)たに(2)んぎょう」の語呂合わせから、2000年(平成12年)に博多人形商工業協同組合が博多人形誕生400年を記念して制定しました。約400年の歴史を持つ福岡県の伝統工芸品である博多人形。その魅力をより多くの人に知ってもらい、現代の暮らしの中にも取り入れてもらおうと願いが込められています。
帆布の日

「はん(8)ぷ(2)」の語呂合わせと、帆布に10番糸(8+2)を使うことから制定されました。丈夫で通気性に優れた帆布の魅力を広め、トートバッグや生活雑貨など、様々な形で長く愛用してもらおうとPR活動が行われます。
ハラスメントフリーの日
「ハ(8)ラスメントフ(2)リー」の語呂合わせから、「パワーハラスメント」という言葉を生み、長年ハラスメント対策に携わってきた株式会社クオレ・シー・キューブが制定しました。職場や学校、家庭などあらゆる場所でハラスメントのない社会の実現を呼びかける日。互いを尊重し、誰もが安心して過ごせる環境づくりが目指されています。
オートパーツの日
8月(August)を「オート」、8月2日を「パーツ」と読む語呂合わせから、日本自動車用品・部品アフターマーケット振興会(NAPAC)が制定しました。この日を目安にオートパーツを点検し、消耗した部品を交換することを提案。カー用品店などでキャンペーンも実施され、安全で快適なカーライフを後押しします。
空き家ゼロにの日
「空き家(8)ゼロに(2)」の語呂合わせから制定されました。近年全国的に社会問題化している空き家問題への関心を高め、適切な管理や利活用を促すための日。地域の防犯や景観保全の観点からも、空き家対策を考える大切なきっかけとなります。
ハブ・ハープ・バブの日
それぞれ「ハ(8)ブ(2)」「ハー(8)プ(2)」「バ(8)ブ(2)」の語呂合わせから生まれた記念日です。8と2の音韻を活かした多彩な記念日で、沖縄でハブ博物公園を運営する株式会社南都が「ハブの日」を、花王が入浴剤「バブ」で夏の疲れを癒やす「バブの日」を、日本ハープ協会などが「ハープの日」を、それぞれ定めています。
8月2日|食べ物の記念日

おやつの日
「おや(8)つ(2)」の語呂合わせから、日本おやつ協会が制定しました。おやつを通じて笑顔あふれる時間を分かち合いたい、という思いが込められた日です。同じく「おや(8)つ(2)カンパニー」の語呂合わせから、おやつカンパニーが「ベビースターの日」としても制定しており、子どもから大人までお菓子を楽しむ一日です。
8月2日|歴史上の出来事

歩行者天国実施(1970年)

1970年(昭和45年)8月2日、東京都内の銀座、新宿、池袋、浅草の4地区で史上初の「歩行者天国」が一斉に実施されました。高度経済成長期における深刻な排気ガスや交通事故への対策として始まったこの取り組みは、若者文化やパフォーマンスの新たな発信地としても大きな役割を果たし、その後の都市の風景を象徴する存在となりました。
その他の出来事
1979年 神野寺トラ脱走事件

トラ脱走事件が起きた、千葉県君津市の神野寺(2008年撮影) / Hotsuregua / CC BY 3.0 / via Wikimedia Commons 約1か月にわたり山中を逃亡し、連日報道で日本中を恐怖に陥れました。
1986年 ラピュタ公開

『天空の城ラピュタ』の製作を担当した高畑勲(2014年撮影) / Boungawa / CC BY-SA 3.0 / via Wikimedia Commons スタジオジブリが初めて単独制作した宮崎駿監督の長編アニメです。
1994年 たけし重傷事故

北野武(2018年撮影) / 文部科学省 / CC BY 4.0 / via Wikimedia Commons 深夜に原付バイクで転倒し頭部に重傷を負い生死を彷徨いました。
1996年 スタバ日本初上陸

日本1号店となった銀座松屋通り店(2022年撮影) / 江戸村のとくぞう / CC BY-SA 4.0 / via Wikimedia Commons 北米以外で海外初の銀座松屋通り店が日本のカフェ文化を変えました。
2003年 おおすみ消滅

国立科学博物館に展示された人工衛星「おおすみ」の実験模型 / Momotarou2012 / CC BY-SA 3.0 / via Wikimedia Commons 33年間の地球周回を経て大気圏で燃え尽き役目を終えました。
2012年 ドラクエX発売

『ドラゴンクエストX』のゲームデザイナー・堀井雄二(2011年撮影) / William Tung from USA / CC BY-SA 2.0 / via Wikimedia Commons シリーズ初のオンラインゲームとしてWii向けに発売されました。
8月2日|誕生日の有名人

芸能人・タレント
友近
・お笑いタレント
└多才な芸人
└コントが人気
└独自の変名
波岡一喜
・俳優
└名脇役として活躍
└悪役から好青年
└実力派の演技
田牧そら
・女優
└子役から活躍
└ドラマ等出演
└CMでも話題
ピーター・オトゥール
・俳優
└名作の主演俳優
└アカデミー賞賞
└重厚な演技力
スポーツ・偉人
渡辺久信
・元プロ野球選手
└西武黄金期エース
└ノーヒットノーラ
└監督でも日本一
播戸竜二
・元サッカー選手
└熱い魂のFW
└日本代表で活躍
└現在は解説者
中内功
・実業家
└ダイエー創業者
└価格破壊の旗手
└日本の流通革命
速水御舟
・日本画家
└近代日本画の巨匠
└炎舞が代表作
└精密な描写力
アニメ・漫画キャラ
火神大我
・誠凛高校バスケ部
└驚異の跳躍力
└光と影のコンビ
└熱い心の持ち主
ヤソップ
・赤髪海賊団狙撃手
└ウソップの父親
└百発百中の腕前
└ルフィも憧れる
綱手
・五代目火影
└伝説の三忍の一人
└優れた医療忍術
└怪力の持ち主
霧沢風子
・火影忍軍
└風を操る魔道具
└活発な少女
└烈火の幼馴染
8月2日|誕生石&誕生花

8月2日の誕生石と誕生花を紹介します。
石&花に込められた意味や由来を、今日という日の彩りにどうぞ。
Malachite
マラカイト
直感・洞察力・健康
孔雀の羽を思わせる美しい緑の縞模様が特徴で、ゼニアオイを意味するギリシャ語から名付けられました。
古くは目のような模様が見張りをすると信じられ、持つ人の心に深い洞察と健やかな安らぎをもたらします。
Petunia
ペチュニア
心和らぐ
南米の言葉でタバコを意味する語を由来とし、大きく広がりながら次々と愛らしい花を咲かせる植物です。
夏から秋へ長く咲き続けるその姿は、私たちの日常にそっと寄り添い、心和らぐ穏やかな時間をもたらします。
8月2日|誕生日占い

王道の星座占いと、誕生日をもとにした数秘術を掛け合わせた性格診断・運勢占いです。
8月2日生まれは、獅子座の「情熱と行動力」と数秘2の「繊細な思いやり」を兼ね備えた、優しいカリスマタイプ。
性格と才能
- 周りを和ませる癒し系
- 内に秘めた熱い情熱
- 誰にでも親切で丁寧
- 仲間を心から大切にする
- 調和を愛する平和主義
運勢・対人関係
- 対人:聞き役で信頼UP
- 恋愛:素直な表現が吉
- 金運:堅実な貯蓄が鍵
- 幸運数:2
- 幸運色:オレンジ
以上、参考までにどうぞ。
8月2日|今日の一言

8月2日生まれの日本画家、速水御舟(はやみ ぎょしゅう)の随筆集『速水御舟随筆集 梯子を登り返す勇気』より。
梯子の頂上に登る勇気は貴い、
更にそこから降りて来て、
再び登り返す勇気を持つ者は
更に貴い。
出典:『速水御舟随筆集 梯子を登り返す勇気』
速水 御舟
おりることは、あきらめることではない
速水御舟 (1894-1935)
1894年8月2日、東京・浅草の質屋の次男として生まれた速水御舟は、十四歳で画塾の門をくぐり、二十代で日本美術院の同人に推されました。
順調に見えるその途中で、彼は大きなものを失っています。
1919年、浅草駒形で下駄が線路にはさまり、市電に轢かれて左足を切断しました。
二十五歳のときのことです。
それでも筆は置きませんでしたが、翌年に発表した『京の舞妓』は、畳の目まで描き込んだ細密さゆえに激しい賛否を呼び、横山大観からは「悪写実」と評されました。
その後、御舟は長いあいだ人物画から離れます。
登りつめたはずの梯子を、自分から降りたのでした。
いま降りてきた場所は、次に登る梯子を選ぶための踊り場
せっかく手に入れた場所を手放すのは、こわいことです。
ここまで来たのだから、このやり方でいけばいい。
そう思えたら、どんなに楽だろうと思う日もあります。
御舟が生涯もっとも恐れたのは、その楽さ――自分に型ができてしまうことでした。
気に入らない下絵は焼き捨て、画風を変え、また一から描きなおす。
四十歳で急逝するまで、彼はその繰り返しをやめませんでした。
もしいま、あなたが一度降りてきた場所に立っているのだとしたら。
それは退いたのではなく、次にどの梯子を登るかを選んでいる途中なのだと思います。
(雑学ならここ編集部より)
参考文献・出典
※その他、公開情報をもとに編集しています。



