昔の写真といえば、白黒やセピア色を思い浮かべませんか?ところが、100年以上前にも、色のある風景や暮らしを伝える写真が残されています。服や食べ物に色が付くと、遠い時代の人たちがぐっと身近に感じられるから不思議ですよね。
今回は、昔のカラー写真を眺めながら、写真の仕組みやそこに写る仕事・買い物の雑学を楽しみましょう。ただし、撮影時の色記録・手彩色・原板からの復元など、色の作り方は一つではありません。当時の地域や年代ごとの暮らしぶりもあわせてご紹介します。
1.写真にジャガイモ

初期のカラー写真には、1907年に市販が始まった「オートクローム」という技法がありました。なんと赤・緑・青紫に染めた微細なでんぷんの粒をガラス板に敷き詰め、光を色分けするフィルターにしていたのです。現像した板を透かして見ると、粒を通った光がカラーの像になります。掲載画像は、1910年代に撮影された庭の人物写真です。晴天でも露出に少なくとも約1秒が必要で、現代のような気軽な撮影とは違う手間がありました。
画像:Sebastiaan Alphonse Van Besten「Lady on garden bench with flowers」(1910年代)、Wikimedia Commons/パブリックドメイン。参考:英国国立科学メディア博物館「カラー写真の歴史」
2.パイが町の名前に

アメリカのニューメキシコ州には、「パイタウン」というお菓子を連想させる可愛らしい地名があります。当時の写真記録によると、このユニークな名前はもとの店主がパイを売っていたことに由来するそうです。掲載写真は、ラッセル・リーが1940年10月に撮影した町の催しの様子で、バーベキューの食事に出すパイとケーキを切り分けています。地名だけを聞くと冗談のようですが、名物の食べ物を囲む人々の温かい姿が残っています。
画像:Russell Lee「Cutting the pies and cakes at the barbeque dinner, Pie Town, New Mexico Fair」(1940年10月)/Library of Congress, Prints & Photographs Division, Farm Security Administration/Office of War Information Color Photographs/パブリックドメイン。地名の参考:米国議会図書館「Filling station and garage at Pie Town, New Mexico」
3.カラーは手仕事

明治時代の鮮やかな写真を見ても、最初からカラーフィルムで撮ったとは限りません。掲載画像は、日下部金兵衛またはその工房による1880~1899年頃の富士山の風景で、白黒の写真に職人が絵の具で色を加えた「手彩色写真」です。国立国会図書館でも、外国人のお土産向け写真帳に収められた日本の彩色写真を紹介しています。写真が景色の正確な形を記録し、細やかな筆遣いが華やかさを添えていたのですね。
画像:Kusakabe Kimbei または工房「Fujiyama from Kawaibashi, at Tokaido」(1880~1899年頃)、Georgetown University Art Collection/Wikimedia Commons/パブリックドメイン。参考:国立国会図書館「NDLイメージバンク:100年前のカラー写真」
4.鉄道時代もラクダ便

鉄道が登場すれば、動物による運送はすぐに消えた……というわけではありません。中央アジアでは近代に入っても、動物の隊商が食料や原料を運ぶ主要な輸送手段として活躍していました。掲載写真は、1905~1915年に撮影されたトルクメン人男性と荷を積んだパートナーの姿です。大きな袋の中身は穀物か綿花と考えられていますが、確定はしていません。たくましい運び手たちの姿から、当時の物流のリアルが伝わってきます。
画像:Sergei Prokudin-Gorskii「Turkmen man with camel」、Wikimedia Commons/Prokudin-Gorski photograph collection, Library of Congress, Prints and Photographs Division/パブリックドメイン。三色分解原板からのデジタル復元画像です。参考:米国議会図書館の写真記録・解説
5.リボンを三度撮る

1861年、物理学者のマクスウェルが「色の写真」を示す歴史的な実験に選んだのは、タータンチェックの飾り布でした。撮影を担当したサットンは、赤・緑・青紫のフィルターを替えながら同じ被写体を別々に撮影します。そうしてできた三枚の画像を対応する色の光で重ねて投影することで、鮮やかなカラーの像を作り出したのです。一枚のフィルムに写したわけではありませんが、写真で色を再現する基本原理を見事に証明しました。
画像:James Clerk Maxwell/撮影 Thomas Sutton「Tartan Ribbon」(1861年の実験画像の複製)、Wikimedia Commons/パブリックドメイン。参考:英国国立科学メディア博物館「カラー写真の歴史」
6.黒海沿岸の茶工場

お茶の産地というと東アジアを思い浮かべがちですが、かつてのロシア帝国には温暖な地域にも大きな生産拠点がありました。掲載写真は、現在のジョージアにあるチャクヴァという町の作業場で、1905~1915年に撮影された計量・包装部門の様子です。帝国各地へ茶葉を送る主要な供給元の一つとして、多くの人が働いていました。揃いの青い服を着て丁寧に量をそろえて包む様子から、一杯の飲み物が届くまでの裏側が垣間見えます。
画像:Sergei Prokudin-Gorskii「Weighing section. Chakva tea factory」、Wikimedia Commons/Prokudin-Gorski photograph collection, Library of Congress, Prints and Photographs Division/パブリックドメイン。三色分解原板からのデジタル復元画像で、Commons掲載版には色調調整があります。参考:米国議会図書館の写真記録・解説
7.車庫の女性と昼ご飯

1943年4月、アメリカのアイオワ州クリントンにある鉄道施設で働くふたりの休憩時間が、カラー写真に記録されました。「ワイパー」と呼ばれた彼女たちは、巨大な蒸気機関車を清掃する仕事に就いていた労働者です。左がマルセラ・ハートさん、右がエリビア・シーマターさんと名前まで残されています。戦時中の記録というと厳しい作業場面に目が向きがちですが、お弁当を広げる穏やかなひとときが、働く人を身近な存在として伝えてくれます。
画像:Jack Delano「Women workers employed as wipers in the roundhouse having lunch in their rest room」(1943年4月)/Library of Congress, Prints & Photographs Division, Farm Security Administration/Office of War Information Color Photographs/パブリックドメイン。仕事の参考:米国議会図書館「機関車を清掃する女性ワイパー」の記録
8.風車で小麦を粉に

羽根の回る建物といえばオランダを連想しがちですが、1912年の西シベリアにも木造の立派な設備が並んでいました。掲載写真は、ヤルートロフスク郡の夏の風景です。ここに写る建物は景色を彩る飾りではなく、風の力でライ麦などの穀物を製粉する大切な仕事場でした。毎日の食卓に並ぶパンを思い浮かべながら眺めると、自然のエネルギーと当時の暮らしの深い関係が見えてきますね。
画像:Sergei Prokudin-Gorskii「Windmills in Ialutorovsk County」(1912年)、Wikimedia Commons/Prokudin-Gorski photograph collection, Library of Congress, Prints and Photographs Division/パブリックドメイン。三色分解原板からのデジタル復元画像です。参考:米国議会図書館の写真記録・解説
9.白黒原板に色の記録

ウズベキスタンのサマルカンド市場でメロンを売る商人の写真はとても鮮やかですが、保存されていたガラス板そのものには色がついていません。1905~1915年に撮影したプロクジン=ゴルスキーが、3色のフィルターを替えて別々の像を記録していたのです。後に米国議会図書館が、後の時代にデジタル技術で3つの像を重ねて色を再現しました。想像で塗ったのではなく、100年前の光のデータが現代に蘇った貴重な一枚です。
画像:Sergei Prokudin-Gorskii「Melon vendor. Samarkand」、Wikimedia Commons/Prokudin-Gorski photograph collection, Library of Congress, Prints and Photographs Division/パブリックドメイン。三色分解原板からのデジタル復元画像です。参考:米国議会図書館の写真記録、米国議会図書館「カラー画像の復元方法」
10.廃品回収も戦時の仕事

第二次世界大戦中のアメリカでは、家庭の不要品を集める活動も国を支える大切な協力とされました。州や地方の政府が呼びかけを行い、ゴム・金属・紙などを集めて軍需生産の物資として役立てたのです。掲載写真は、1942年10月のモンタナ州ビュートにあるスクラップ置き場の風景です。ただの古物の山としてではなく、家庭と工場をつなぐ資源リサイクルの拠点として見ると、当時の社会の空気感がよくわかります。
画像:Russell Lee「Scrap and salvage depot, Butte, Montana」(1942年10月)/Library of Congress, Prints & Photographs Division, Farm Security Administration/Office of War Information Color Photographs/パブリックドメイン。参考:スミソニアン国立アメリカ歴史博物館「戦時中の資源回収活動」の解説
11.店先は買い物の見本帳

1942年頃のアメリカ・ネブラスカ州の食料品店には、果物と箱入り食品を一緒に見せるショーウィンドウがありました。オレンジの下にシリアルの箱、左側には小麦粉の袋が並び、ジャガイモ「6ポンド23セント」など重さと価格の表示までくっきり読み取れます。今の物価と単純には比べられませんが、お店が何をどう魅力的に見せていたのかが伝わってきます。古い写真は、当時の街角の売り場をのぞく窓にもなるのですね。
画像・参考:John Vachon「Grand Grocery Co., Lincoln, Neb.」(1942年頃)/Library of Congress, Prints & Photographs Division, Farm Security Administration/Office of War Information Color Photographs/パブリックドメイン。
まとめ
昔のカラー写真には、写っている人々の暮らしと、当時の色を鮮やかに残すための科学や手仕事の工夫という二つの面白さがあります。ジャガイモのでんぷんの粒で光を分けたり、白黒写真に筆で色を添えたり、3枚の原板を組み合わせたりと、ひとくちに「カラー」といってもその成り立ちはさまざまでした。
一方で、写真の中の人々はパイを切り分け、荷物を運び、仲間と昼ご飯を食べています。時代や地域は違っても、現代の私たちと同じように働く日常の温かさが感じられますよね。次に古い写真を見るときは、人物の表情だけでなく、そばにある道具や看板にもぜひ目を向けてみてください。
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