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小林清親の雑学11選~光線画の面白い浮世絵と東京名所図の作品~

小林清親雑学

夜の街の魅力は、明るい場所だけにあるのでしょうか。小林清親の「光線画」には、灯りに照らされた人々だけでなく、暗がりや水面の反射まで描かれています。工場で働く職人や川を渡る船、花火を見上げる子どもたちなど、細部をじっくり眺めると明治の街がぐっと身近に感じられますよね。

今回は、作品の画像と一緒に楽しめる面白い雑学をご紹介します。光線画は、光と影の移ろいを巧みに捉えた木版画です。美しい夜景として見るだけでなく、そこに描かれた仕事や交通、買い物にもぜひ目を向けてみましょう。

※主に1876~1881年の作品を紹介します。絵には構図や色彩の演出があり、当時の風景を写真のように再現したものではありません。同じ作品でも、摺りによって色合いが異なる場合があります。

 

1.鍋釜づくりも名所に

炉の炎と働く職人を描いた小林清親の川口鍋釜製造図

名所の絵なのに、舞台はなんと台所用品をつくる町工場です。清親の《川口鍋釜製造図》は1879年の作品で、江戸時代中頃から鋳物業が栄えた川口にて、炉の炎と工場内の暗がりを鮮やかに描きました。写生帖に下図が残っており、現地を訪れて取材したことがうかがえます。風景画の多い「東京名所図」の中では異色の一枚で、足踏み式の送風装置を動かす職人や飛び散る火花から、当時の仕事場の熱気がそのまま伝わってきますね。

画像・参考:小林清親《川口鍋釜製造図》(1879年、LACMA所蔵)、Wikimedia Commons経由・パブリックドメイン。所蔵館:www.lacma.org。参考:サントリー美術館「川口鍋釜製造図」解説

 

2.西洋画風でも木版画

西洋風の建物と行き交う人々を描いた小林清親の東京銀座街日報社

深みのある陰影があっても、実は光線画は油絵ではありません。日本の伝統的な摺りの技術で、写真や洋画の表現に挑んだ作品なのです。1876年8月に始まった「東京名所図」では、繊細なぼかしや色の重なりが新しい風景表現を生みました。《東京銀座街日報社》にも、建物や人物に薄墨色のリアルな影がついています。「東京日日新聞」の看板や人力車、馬車など、絵の中の街そのものにも文明開化の息吹が表れていますよ。

画像・参考:小林清親/画「東京銀座街日報社」(1876年、江戸東京博物館)。出典:Tokyo Museum Collection(パブリックドメイン)。参考:国立国会図書館「小林清親の光線画」、静岡市美術館・作品解説 画像は当サイトで縮小・WebP形式に変換。

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3.汽車は海の上を走った

海沿いを走る汽車を描いた小林清親の高輪牛町朧月景

《高輪牛町朧月景》に描かれた波打ち際の鉄道には、当時の建設における大胆な工夫が隠されています。1872年に開業した新橋~横浜間では、浅瀬に堤を築き、その上に線路を敷いた区間がありました。これは用地買収の手間を避けられる方法で、軍用地などを迂回する事情もあったと考えられています。清親がこの作品を手がけたのは1879年ですが、朧月と一緒に描かれた風景には近代化へ進む街の変化が映っています。

画像・参考:小林清親《高輪牛町朧月景》(1879年)、『清親畫帖』[1]所収。出典:国立国会図書館「本の万華鏡」第32回「開業前夜」。原資料:国立国会図書館デジタルコレクション。制作年の参考:スミソニアン国立アジア美術館・同作品情報

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4.川渡りは船におまかせ

橋場の渡し付近の夕暮れと船を描いた小林清親の橋場の夕暮れ

対岸へ移動する方法は、なにも橋だけではありませんでした。江戸時代の隅田川では、橋を架けるほど交通量がない場所に渡船場が設けられていました。当時の渡し賃はおおむね1~2文で、武士は無料だったとされています。清親が1880年頃に描いた《橋場の夕暮れ》も、そうした水上の交通拠点を題材にした一枚です。明治の絵に江戸の料金をそのまま当てはめることはできませんが、静かな夕景に庶民の暮らしが感じられます。

画像・参考:小林清親《橋場の夕暮れ》(1880年頃、LACMA所蔵)、Wikimedia Commons経由・パブリックドメイン。所蔵館:www.lacma.org。参考:すみだ郷土文化資料館だより「みやこどり」第38号・「橋と渡し」

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5.ガス灯の中には炎

ガス灯の明かりと橋を渡る人々を描いた小林清親の日本橋夜

《日本橋夜》で夜道を照らす街灯は、電球ではなくガスを使ったものでした。ガラスの覆いの中で揺れる火だけでなく、遠くの灯りや人々が地面に落とす影まで丁寧に描かれています。清親は光源そのものと、それがつくる暗がりを同時に観察していたのです。また、日本橋は1873年に西洋式の木橋へ架け替えられ、中央が車道、左右が歩道に分けられました。1881年の美しい夜景の中に、近代的な街づくりも見えてきます。

画像・参考:小林清親/画「日本橋夜」(1876年、江戸東京博物館)。出典:Tokyo Museum Collection(パブリックドメイン)。参考:静岡市美術館・「日本橋夜」解説、太田記念美術館「闇と光―清親・安治・柳村」公開解説 画像は当サイトで縮小・WebP形式に変換。

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6.題名に「午後六時」

春の夕暮れの甘酒屋を描いた小林清親の箱根山峠甘酒屋 春の日午後六時

清親の作品には、描いた場所だけでなく具体的な時刻までタイトルに入れたものがあります。1881年の《箱根山峠甘酒屋 春の日午後六時》は、そのとてもわかりやすい例です。「どこを描いたか」に加え、「何時の光を描いたか」まで明確に示しているのが特徴ですね。光線画では、時間や天候によって刻々と変わる空の色合いも大切なテーマでした。題名を知ってから改めて眺めると、春の夕暮れ時の空気感にいっそう目が向きます。

画像・参考:小林清親《箱根山峠甘酒屋 春の日午後六時》(1881年、LACMA所蔵)、Wikimedia Commons経由・パブリックドメイン。所蔵館:www.lacma.org。参考:横浜美術館・同作品情報、太田記念美術館・光線画の技法解説

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7.雨の木橋に残る江戸

雨の新大橋と水面の反射を描いた小林清親の東京新大橋雨中図

文明開化の東京を描いた清親ですが、新しい洋風建築ばかりを題材に選んだわけではありません。1876年の《東京新大橋雨中図》には、昔ながらの情緒をとどめた新大橋の姿が描かれています。市内の主要な橋が次々と石造や西洋式へ変わる中、ここには懐かしい面影が残っていました。幕臣の家に生まれ、静岡への移住を経て1874年に東京へ戻った清親のまなざしが、水面の反射や傘を差す女性の足元の水たまりに宿っています。

画像・参考:小林清親《東京新大橋雨中図》(1876年、LACMA所蔵)、Wikimedia Commons経由・パブリックドメイン。所蔵館:www.lacma.org。参考:太田記念美術館「橋に抱く江戸への郷愁」

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8.坂の灯りが船の目印

常燈明台と雨の夜道を描いた小林清親の九段坂五月夜

《九段坂五月夜》にそびえ立つ大きな高燈籠は、夜道を歩く街の人だけに役立ったわけではありません。1871年に建てられた通称「常燈明台(じょうとうみょうだい)」は、遠く離れた品川沖を行き交う船舶にとっても重要な道しるべになりました。当時の九段坂上は見晴らしがよく、その明かりが海まで届いたとされています。1880年の本作では、雨に濡れた地面や提灯の反射とともに、陸と海をつなぐ高台の風景が描かれています。

画像・参考:小林清親/画「九段坂五月夜」(1880年、江戸東京博物館)。出典:Tokyo Museum Collection(パブリックドメイン)。参考:千代田区「常燈明台」、千代田区観光協会「高燈籠」、太田記念美術館・作品解説 画像は当サイトで縮小・WebP形式に変換。

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9.大火で自宅も焼失

浅草橋から見た火災を描いた小林清親の両国大火浅草橋

光線画が捉えた光には、穏やかな街の灯りだけでなく猛烈な火災の炎もあります。《両国大火浅草橋》が描くのは、1881年1月26日未明に神田松枝町を火元として発生した大災害です。実はこの時の火災によって、清親自身の住まいも焼け落ちてしまいました。彼は同年、この作品を含めて火事を主題にした版画を4点出版しています。光と闇の激しいコントラストの裏に、被災しながらも筆を執った絵師の凄みが感じられますね。

画像・参考:小林清親《両国大火浅草橋》(1881年、LACMA所蔵)、Wikimedia Commons経由・パブリックドメイン。所蔵館:www.lacma.org。参考:国立国会図書館作成・ジャパンサーチ「小林清親」

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10.花火見物は木の上で

花火を見る群衆と木に登った子どもたちを描いた小林清親の池の端花火

1881年の《池の端花火》を見るときは、夜空の輝きだけでなく集まった人々にも注目してみてください。よく探してみると、少しでも高い場所から眺めようと枝によじ登った子どもたちがコミカルに描かれています。舞台は上野の不忍池のほとりで、群衆を黒いシルエットにすることで提灯や水面の明るさが際立つ構図です。当時の見物客全体の習慣とまではいえませんが、特等席で見たいという無邪気な気持ちが伝わってきます。

画像・参考:小林清親「池の端花火」(1881年)、メトロポリタン美術館、2016.577。Gift of Sebastian and Miki Izzard, 2016。画像:CC0 1.0。

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11.年の市は正月の買い物

浅草寺の年末の市を描いた小林清親の浅草寺年の市

《浅草寺年の市》に描かれているのは、歳末の活気あふれる買い物風景です。浅草寺では江戸時代、12月17・18日の観音の縁日に合わせて多くの人出を見込んだ露店が集まりました。そこで売られていたのは、新しい年を迎えるための飾りや縁起物です。江戸末期頃から羽子板を扱う店が増え、やがて現在も続く「羽子板市」と呼ばれるようになりました。行事の背景を知ると、明治の人々の暮らしがぐっと身近になりますね。

画像・参考:小林清親/画「浅草寺年の市」(1881年、江戸東京博物館)。出典:Tokyo Museum Collection(パブリックドメイン)。参考:浅草寺「納めの観音ご縁日・羽子板市」 画像は当サイトで縮小・WebP形式に変換。

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まとめ

小林清親の光線画は、ただきれいな夜景を集めただけの作品ではありません。鍋釜をつくる職人の仕事や川を渡る船、花火見物や年末の買い物まで、光と影を通して明治に生きた人々の息づかいが鮮やかに見えてきます。新しい汽車やガス灯と、昔ながらの木橋が同じ時代の風景に共存していることも、変わりゆく東京ならではの面白さですね。

次に作品を見るときは、ぜひ明るいところから少しだけ視線をずらしてみてください。人の影や水面の反射、遠くにともる小さな灯りに気づくと、絵の印象ががらりと変わって誰かに話したくなるはずです。いつもの夜の散歩や雨上がりの帰り道でも、光線画のような美しい光と影を探してみてはいかがでしょうか。

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