戦国時代において「越後の龍」や「軍神」と恐れられた名将・上杉謙信。武田信玄との川中島の戦いや、義を重んじた生き様は非常に有名ですが、実は教科書には載っていないお茶目な失敗談やミステリアスな謎がたくさん残されているのをご存知でしょうか。
今回は、数ある上杉謙信の雑学の中から、特に面白いネタを厳選してクイズ形式で30問ご紹介します!知っていると歴史の見方が変わる豆知識や、明日誰かに話したくなるエピソードばかりを集めました。初級から上級まで、あなたは全問正解できるでしょうか?ぜひ気軽に楽しみながら挑戦してみてくださいね。
【初級】面白い雑学10選
1. 生まれた時の苗字は?
- 長尾
- 直江
- 北条
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答え: 1. 長尾
「上杉謙信」として広く知られていますが、生まれは越後国の守護代である長尾為景の四男で、当初は「長尾景虎」と名乗っていました。のちに幕府の要職である関東管領・上杉憲政から家督と姓を譲り受けたことで上杉姓になり、「謙信」は晩年に出家してからの法名にあたります。
2. 幼名「虎千代」の由来は?
- 寅年生まれだから
- 虎を退治したから
- 父の夢に虎が出た
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答え: 1. 寅年生まれだから
「越後の龍」と呼ばれた謙信ですが、幼名は「虎千代」といいました。これは彼が享禄3年(1530年)の「寅年」に生まれたことにちなんで名付けられたものです。大人になってからも「景虎」や「政虎」など、生涯の多くの期間で名前に「虎」の字を使い続けました。
3. 自らを何の神の化身と信じた?
- 毘沙門天
- 不動明王
- 阿修羅
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答え: 1. 毘沙門天
「毘」の一文字が染め抜かれた軍旗で有名な謙信は、仏教における戦いの神様「毘沙門天」を深く信仰し、自分自身をその生まれ変わりだと固く信じていました。大将自らが「我には神がついている」と迷いなく先陣を切る姿が、兵士たちの士気を極限まで高めたのです。
4. 推定される実際の身長は?
- 140cm前後
- 156cm前後
- 180cm前後
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答え: 2. 156cm前後
肖像画では髭を蓄えた屈強な大男のように描かれていますが、上杉家に伝わる鎧や衣装のサイズから推測すると、実際の身長は156cm前後と当時の男性の平均くらいで比較的小柄でした。晩年は少しふっくらとした体型だったともいわれており、意外な素顔がうかがえます。
5. 謙信がこよなく愛した嗜好品は?
- 甘いお菓子
- 日本酒
- 南蛮のタバコ
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答え: 2. 日本酒
女性に対しては厳しい戒律を守りストイックに生きた謙信ですが、実は無類の酒好きで知られる大酒豪でした。戦の前後だけでなく日常的にもお酒を愛飲し、馬に乗りながらでも盃を傾けていたという逸話が残るほど、生涯を通じて日本酒をこよなく愛していました。
6. 戦場にも携行した酒の肴は?
- 梅干し
- スルメ
- 干し柿
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答え: 1. 梅干し
謙信は豪華なごちそうではなく、器に盛った味噌や「梅干し」だけを肴にひたすらお酒を飲む渋いスタイルを好みました。戦場にも必ず梅干しを携帯しており、クエン酸による疲労回復という意味では理にかなっていましたが、塩分の摂りすぎにもつながっていたようです。
7. 川中島の戦いは全部で何回?
- 全3回
- 全5回
- 全10回
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答え: 2. 全5回
宿敵・武田信玄と激突した「川中島の戦い」は、12年の間に全5回も繰り返されました。最も激しかった4回目の戦いでは、謙信が単騎で武田の本陣へ斬り込み、信玄が軍配で太刀を受け止めたという伝説の一騎打ちが語り継がれており、戦国史上最大の死闘として有名です。
8. 若い頃に練習していた苦手は?
- 水泳
- 文字(書道)
- 馬術
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答え: 2. 文字(書道)
文武両道の名将として知られる謙信ですが、若い頃は自分の「字の汚さ」にコンプレックスを持っていました。現存する直筆の手紙には、余白に同じ文字を何度も書いて練習した微笑ましい跡が残っています。地道な努力の結果、晩年には力強い達筆へと見事に上達しました。
9. 夜に奏でて心を落ち着けた楽器は?
- 琵琶
- 尺八
- 琴
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答え: 1. 琵琶
戦場での荒々しい姿とは裏腹に、謙信は京都の公家文化を愛する教養人でした。和歌や連歌の才能に優れ、静かな夜には自ら「琵琶(びわ)」を奏でて心を落ち着かせる風流な趣味を持っていたそうです。『源氏物語』などの古典文学にも親しむ文化人としての一面がありました。
10. 謙信が熱心に収集した美術品は?
- 茶器
- 日本刀
- 掛け軸
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答え: 2. 日本刀
謙信は実用性だけでなく美術品としても優れた名刀を数多く集めた「刀剣コレクター」でした。のちに国宝に指定された短刀「謙信景光」や「山鳥毛」など最高傑作を所有し、刃文の美しさと実戦での斬れ味の両方を厳しく見極める確かな審美眼を持っていたといわれています。
【中級】驚きの雑学10選
11. 生涯約70戦のうち敗戦は?
- わずか2回
- 約10回
- 約20回
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答え: 1. わずか2回
戦国最強の「軍神」と称される謙信は、生涯で約70回もの合戦に臨み、負け戦はわずか2回だけだったと語り継がれています。しかも自らが直接指揮を執っていない戦や撤退戦を含むため、実質的には「生涯ほぼ無敗」という驚異的な戦績を誇りました。
12. 謙信が生涯独身を貫いた理由は?
- 信仰の戒律を守った
- 亡き許嫁を想った
- 病弱だったため
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答え: 1. 信仰の戒律を守った
政略結婚や側室を持つのが当たり前だった戦国時代において、謙信は一度も妻を娶らず実子も残しませんでした。これは毘沙門天を深く信仰し、僧侶のように「不犯(女性と交わらないこと)」の戒律を厳しく守っていたためとされ、跡継ぎには親族から養子を迎えました。
13. 重要な合戦を延期した理由は?
- ひどい二日酔い
- 愛馬の脱走
- 大雪による通行止め
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答え: 1. ひどい二日酔い
ある大事な出陣の前夜、家臣たちと戦勝祈願の酒盛りを開いた謙信は、楽しくなってつい飲みすぎてしまいました。その結果、翌朝になってもひどい二日酔いで起き上がることができず、なんと合戦の出陣そのものを延期してしまったというお茶目な失敗談が残されています。
14. 49歳で急死した際の定説の死因は?
- 厠での脳卒中
- 忍者による暗殺
- 合戦での鉄砲傷
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答え: 1. 厠での脳卒中
1578年に49歳で急死した謙信の死因は、寒い冬の日にトイレ(厠)で倒れた「脳卒中(脳出血)」というのが定説です。長年の大量飲酒と、梅干しや味噌ばかりを食べる塩分の高い食生活が高血圧を招いたと考えられており、忍者に刺されたという暗殺説は後世の創作です。
15. 敵に塩を送るの実際の対応は?
- 適正価格で売買許可
- 無料で大量に贈呈
- 武器と物々交換した
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答え: 1. 適正価格で売買許可
武田信玄が他国から塩を止められた際、謙信が塩を送って助けた美談は有名ですが、近年の研究では「無料でプレゼントしたわけではなく、適正価格での塩の交易(売買)を許可した」というのが実態に近いとされています。それでも暴利をむさぼらない公正さは義将ならではです。
16. 信玄の訃報を聞いた時の反応は?
- 箸を落として号泣
- すぐに進軍を命じた
- 祝いの酒盛りを開いた
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答え: 1. 箸を落として号泣
食事中に好敵手・武田信玄の訃報を聞いた謙信は、食べていた湯漬けの箸を落として「我が弓矢の柱を失った」と大粒の涙を流して嘆き悲しみました。「この隙に武田を攻めましょう」と進言した家臣を厳しく叱りつけ、ライバルの死に乗じるような卑怯な真似は決してしませんでした。
17. 27歳の頃に起こした騒動とは?
- 城から家出した
- 単身で明へ渡った
- 城を焼き払った
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答え: 1. 城から家出した
27歳の頃、越後の家臣たちの絶えない領地争いや内輪もめに嫌気がさした謙信は、「もう武将を辞めて出家する!」と書き置きを残して高野山へ家出してしまいました。大慌てした家臣たちが必死に謝罪し、絶対服従の誓約書を提出したことでようやく越後へ戻ってきてくれました。
18. 兜を被らず頭に巻いていた物は?
- 白い布(白頭巾)
- 金の鉢巻
- 熊の毛皮
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答え: 1. 白い布(白頭巾)
謙信は合戦の際、鉄の兜を被らずに「白い布(行人包)」を頭に巻いた姿で現れることが多く、鎧すら着けずに黒い道服姿で敵陣へ突撃することもありました。「毘沙門天のご加護がある自分に矢や弾は当たらない」と信じていたためで、その神がかり的な姿に敵兵は戦慄したといいます。
19. 銃弾が横をかすめた時の行動は?
- 平然と弁当を食べた
- 刀で銃弾を斬った
- 大声で笑い飛ばした
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答え: 1. 平然と弁当を食べた
小田原城包囲戦の際、謙信は敵城のすぐ目の前で腰を下ろし、お弁当を食べてお酒を飲み始めました。城内から何発もの火縄銃が撃ち込まれ、銃弾がすぐ横をかすめても、眉一つ動かさずに食事を続けたといいます。この常人離れした胆力に、北条軍は一歩も城から出られませんでした。
20. 村人が恐れた大蛇をどう退治した?
- 火縄銃で撃ち払った
- 愛刀で一刀両断した
- お酒を飲ませた
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答え: 1. 火縄銃で撃ち払った
ある神社に巨大な白蛇が現れ、村人たちが「山の神様の化身だ」と恐れていた際、謙信は「神様に決まった形などない!」と言い放ち、ためらうことなく火縄銃を撃ち放って追い払ってしまいました。信仰心が厚い一方で、迷信には一切動じない合理的な思考も持っていたのです。
【上級】深すぎる雑学10選
21. 女性説を唱えた小説家は誰?
- 八切止夫
- 司馬遼太郎
- 海音寺潮五郎
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答え: 1. 八切止夫
ミステリアスな「上杉謙信女性説」は、小説家の八切止夫氏が提唱したことで広く知られるようになりました。生涯独身だったことに加え、毎月10日ほど腹痛で戦を休んでいた記録や、女性向けの華やかな着物を好んだことなどが根拠として挙げられ、今も多くの歴史ファンを惹きつけています。
22. 宣教師の報告書にある謙信の記述は?
- 景勝の「叔母」
- 越後の「女王」
- 美しき「尼僧」
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答え: 1. 景勝の「叔母」
戦国時代に訪日していた宣教師ゴンザレスがスペイン国王へ宛てた報告書の中に、養子の上杉景勝について「彼の叔母(おば)にあたる人物の後を継いだ」という記述が残されています。スペイン語の「叔父(tio)」と「叔母(tia)」の書き間違い説もありますが、女性説を盛り上げるユニークな根拠です。
23. 莫大な利益を上げた越後の特産品は?
- 青苧(高級麻布の原料)
- 越後米
- 漆器
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答え: 1. 青苧(高級麻布の原料)
欲がないイメージの強い謙信ですが、実は抜群のビジネスセンスを持っていました。越後特産の植物「青苧(あおそ)」から作られる高級麻布を京都や大坂へ海路で輸出して莫大な利益を上げ、さらに佐渡金山なども開発。その圧倒的な資金力が遠征軍を支えていたのです。
24. 謙信が恋文を送った相手は誰?
- 美少年の家臣
- 京都の公家の娘
- 宿敵の妹
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答え: 1. 美少年の家臣
生涯女性と交わらなかった謙信ですが、当時の武家社会で一般的だった「衆道(男性同士の恋愛)」には親しんでいました。お気に入りの美少年であった家臣・長尾景信(河田長親説なども)に宛てた情熱的なラブレターが現存しており、戦場での鬼のような姿とのギャップに驚かされます。
25. 1577年に織田軍を破った合戦は?
- 手取川の戦い
- 姉川の戦い
- 長篠の戦い
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答え: 1. 手取川の戦い
織田信長も謙信との衝突は避けようと気を遣っていましたが、1577年に加賀国の「手取川の戦い」で激突します。謙信は増水した川の地の利を活かした見事な夜襲を仕掛け、柴田勝家率いる織田軍を完膚なきまでに打ち破りました。翌年に急死していなければ歴史は変わっていたかもしれません。
26. 信長から贈られた豪華な扇の特徴は?
- ガラスや唐物の布製
- 純金と孔雀の羽製
- 象牙と真珠の装飾
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答え: 1. ガラスや唐物の布製
信長は謙信のご機嫌を取るため、国宝『洛中洛外図屏風』のほかに、当時最先端の南蛮文化を取り入れた「びいどろ(ガラス)や唐物の布を使った豪華な扇(軍配)」を献上しました。天下の信長にここまで気を遣わせたことからも、謙信の威光がいかに絶大だったかが伝わります。
27. 激戦を共にした白い愛馬の名前は?
- 放生月毛
- 松風
- 帝釈栗毛
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答え: 1. 放生月毛
戦場を疾風のように駆け抜けた謙信を支えていたのが、「放生月毛(ほうしょうつきげ)」と呼ばれる白く美しい愛馬です。川中島の戦いをはじめ数々の激戦を共に乗り越えた名馬で、大将である謙信の意図を汲み取って自在に動くほど息がぴったり合っていたと伝えられています。
28. 居城の壁に書き残した家訓は?
- 宝在心
- 風林火山
- 天下布武
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答え: 1. 宝在心
謙信が春日山城の壁に書き残した「宝在心(たからはこころにあり)」という16行の言葉は、「運は天にあり、鎧は胸にあり、手柄は足にあり」という有名なフレーズから始まります。「何事も心掛け次第であり、自分の心の中にこそ本当の宝がある」と家臣たちを諭した名言です。
29. 死後、甲冑姿の遺体はどう納められた?
- 漆を詰めた甕に密封
- 黄金の棺に納めた
- 日本海へ水葬された
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答え: 1. 漆を詰めた甕に密封
謙信の死後、跡を継いだ上杉景勝は遺体を火葬せず、生前と同じように甲冑を着せて「漆(うるし)を詰めた頑丈な甕(かめ)」の中に納めて密封しました。上杉家が会津、そして米沢へと移封されるたびに甕も一緒に運ばれ、今も山形県米沢市の上杉家廟所に大切に安置されています。
30. 辞世の句で栄華に勝ると詠んだ物は?
- 一盃の酒
- 一振りの刀
- 一輪の花
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答え: 1. 一盃の酒
辞世の句「四十九年 一睡の夢 一期の栄華 一盃の酒」には、「49年の人生などひと眠りの夢のように儚く、この世の栄華もたった一杯の美味しいお酒にはかなわない」という意味が込められています。名声や領土への執着を手放し、義とお酒を愛して駆け抜けた謙信らしい言葉ですね。
まとめ
上杉謙信の雑学クイズ30問、いかがでしたでしょうか?あなたはいくつ正解できましたか?
戦国最強の「軍神」として恐れられた圧倒的な強さの裏に、二日酔いで合戦を延期してしまったり、家臣たちの揉め事に嫌気がさして家出をしてしまったりといった人間味あふれるエピソードを知ると、歴史上の偉人がぐっと身近に感じられますよね。ぜひ今回知った面白い豆知識を、家族や友人との会話のネタとして明日誰かに話してみてくださいね!
▼クイズの答え・元ネタをじっくり読みたい方はこちら
上杉謙信雑学の詳細
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