好きな人に送る言葉は、書いては迷い、返事を待つ間も落ち着かないものですよね。江戸時代の恋文(ラブレター)にも、自分の気持ちをどう伝えるか、相手にどう受け取ってもらうかという細やかな工夫がたくさん見られます。手紙の文章だけでなく、それを描いた当時の絵にもぜひ注目してみましょう。
今回は、古い本の挿絵や美しい浮世絵を眺めながら、恋文にまつわる面白い雑学をご紹介します。文章のお手本や返事の心得を知ると、紙を手にした人物の姿も少し違って見えてきますよ。なお、地域や立場による違いがあり、物語や絵ならではの表現も含みますので、当時の豊かな文化として楽しんでみてくださいね。
1.恋の矢で心を狙う

恋文で相手の心を射抜くという言葉を、そのまま絵にしたような作品が18世紀に描かれた鈴木春信の「恋の矢文」です。弓を構えているのは、扇の地紙を売る男性で、本来は船上で扇を掲げる娘の絵と対になっていました。これは那須与一の「扇の的」を若い男女の恋に置き換えた表現なのです。源平合戦の名場面が、手紙を結んだ矢で相手の心を狙うロマンチックな場面に変わっています。実際の手紙の届け方ではなく、古典の物語を恋の場面へ読み替える浮世絵ならではの粋な遊び心ですね。
画像:鈴木春信「恋の矢文」(江戸時代・18世紀、東京国立博物館所蔵)。出典:ColBase 国立博物館所蔵品統合検索システム/Wikimedia Commons掲載画像。CC BY 4.0。参考:ColBase作品解説 画像は当サイトで縮小・WebP形式に変換。
2.恋文は客へのお誘いにも

江戸時代の恋文は、個人的な恋心を伝えるためだけのものではありませんでした。寛政8年に刊行された『遊女案文』は、遊女たちに向けた手紙の書き方の手引書です。その目次には「二度の客へ遣るふみ」「馴染の客へ遣る文」「しばしこぬ客へ遣る文」といった項目がずらりと並んでいます。つまり、相手の客との関係性に合わせたビジネスのお誘い文例が細かく用意されていたのです。遊郭の祝いの日に足を運んでもらうための文例などもあり、目次を眺めるだけでも手紙が接客の大切なツールだったことがわかります。
画像・参考:国立国会図書館「本の万華鏡」長松軒『遊女案文』(寛政8年刊)と解説。原資料:国立国会図書館デジタルコレクション
3.お手本は源氏物語

いざ恋文の文章を考えるとき、昔から伝わる古典文学を頼りにする手引書も存在しました。元禄11年刊の『詞花懸露集(しかけんろしゅう)』には、手紙を書く際の心得や文例、添える和歌などが詳しくまとめられています。中でも面白いのは、平安時代の古典『源氏物語』をベースに恋文や和歌が作られているという点です。心得の解説にも物語の登場人物や巻の名前が登場し、挿絵入りの見開きは実用書でありながら雅な世界とつながっています。大切な気持ちを伝える文章には、こうした古典の教養もたっぷりと生かされていたのですね。
画像・参考:国立国会図書館「本の万華鏡」『詞花懸露集』(元禄11年刊)と解説。原資料:国立国会図書館デジタルコレクション
4.恋物語が文例集に

ロマンチックな恋の物語を読む楽しみと、手紙の書き方を学ぶ実用性の両方を備えていたのが『薄雪物語』です。主人公である園部の衛門と薄雪という女性が交わす手紙を中心にストーリーが進むため、作中に登場するやり取りがそのまま恋文の文例集としても読まれたのです。江戸時代に大変流行したベストセラー作品ですが、登場人物の手紙は実在の記録ではなくフィクションとして作られたものです。画像は寛文5年刊本の挿絵で、読者は二人の恋の行方を追いかけながら、自然と美しい言葉の表現に触れることができました。
画像・参考:国立国会図書館「本の万華鏡」『うすゆき物語』(寛文5年刊)と解説。原資料:国立国会図書館デジタルコレクション
5.師匠が恋文を代筆

江戸時代において、恋文を書いたのは必ずしも恋をした本人だけとは限りません。井原西鶴の有名な浮世草子『好色一代男』には、主人公の世之介が文字を教わる手習いの師匠に頼んで手紙を代わりに書いてもらうというユニークな場面が登場します。しかも驚くことに、物語上の世之介はまだ8歳という設定です。「はづかしながら文言葉」という段の挿絵で、彼が右手にしっかり握っているのがその手紙です。あくまで作品中の出来事ですが、恋の言葉を人の助けを借りて整えるという発想が物語に描かれているのはとても興味深いですね。
画像・参考:国立国会図書館「本の万華鏡」井原西鶴『好色一代男』巻1の挿絵と解説。掲載元が拡大した画像を使用。原資料:国立国会図書館デジタルコレクション(使用本の刊年記載なし)
6.正月に恋文を売り歩く

江戸時代の京都や大坂の街では、お正月になると「懸想文売り(けそうぶみうり)」という珍しい物売りの姿が見られました。彼らが売っていたのは、ラブレターの形に似せて良縁や商売繁盛などの縁起を祝うお札のような文章です。烏帽子に白布の覆面で顔を隠し、梅の枝に文を結びつけて担ぐ姿が一般的で、絵の赤い着物の男性がその売り手です。なお、こちらの画像は1893年に水野年方が描いた『三十六佳撰』の「懸想文 元禄頃婦人」という作品で、江戸の華やかな風俗を後の明治時代に振り返って描いた錦絵となっています。
画像・参考:国立国会図書館「本の万華鏡」水野年方『三十六佳撰』(1893年)と懸想文売りの解説。原資料:国立国会図書館デジタルコレクション。作品群の参考:NDLイメージバンク「水野年方の美人画」
7.別れの朝にも恋文

恋文といえば、まだ見ぬ相手や片思いの相手への告白というイメージが強いかもしれませんが、それだけではありません。『錦木(にしきぎ)』という本には、一夜を共にした男女が別れた直後の朝に交わす手紙を扱った「後朝恋(のちのあしたのこい)」の段があります。この本も手紙のやり取りで物語が進む構成になっており、実用的な文例集としての役割も兼ねていました。会ったばかりの余韻や別れた後の寂しさを、もう一度言葉にしてすぐに届けるという平安貴族以来のロマンチックな習慣も、江戸の恋文のお手本になっていたのです。
画像・参考:国立国会図書館「本の万華鏡」『錦木』5巻「後朝恋」の段と解説。原資料:国立国会図書館デジタルコレクション。使用本は刊年不明
8.すぐ返すならひと言

好きな人への返事が早すぎると、相手にどう思われるか悩んでしまうのは今も昔も同じようです。江戸時代後期の刊行とされる『女用文忍草(おんなようぶんしのぶぐさ)』という女性向けの手引書にも、そんな現代のLINEやメールの悩みに通じる心得が書かれています。この本では、男性からの最初の恋文に女性がすぐ返事をするのは軽はずみに見えると戒めつつ、どうしても早く返信するなら「早すぎることを恥じている言葉」を添えるようアドバイスしています。文章の書き方だけでなく、返信のタイミングや駆け引きまで指南していたとは驚きですね。
画像・参考:国立国会図書館「本の万華鏡」『女用文忍草』と「恋路の心得の事」の解説。原著は江戸後期刊とされ、作者不明。画像は『江戸時代女性文庫』32、大空社、1995年に収録された復刻から
まとめ
江戸時代の恋文をめぐる資料には、大切な気持ちを伝えるためのさまざまな工夫が詰まっていました。古典や物語から美しい文章を学び、時には人に代筆を頼み、返事の早さにまで細やかに気を配るなど、相手との関係や場面を考えて言葉を整える文化が息づいていたのですね。また、心を狙う矢に結ばれたり、客を誘う文例になったり、正月の縁起物として売られたりと、絵の中の手紙からも「恋文」という言葉だけではくくれない豊かな広がりが見えてきます。
現代はスマートフォンひとつで一瞬にしてメッセージが送れる時代ですが、次に誰かへ大切な連絡をするときは、ぜひ江戸時代の手引書を思い出してみてください。伝えるための道具は変わっても、「相手にどう受け取ってもらうか」を一生懸命に考える人の姿には、時代を超えて思わず共感してしまう温かさがありますね。面白いと感じたエピソードがあれば、ぜひ周りの人にもシェアしてみてください!
▼合わせて読みたい
-
-
恋愛雑学一覧108【盛り上がる男女や中学生高校生のタメにもなる】
恋をすると、胸が高鳴り、世界が少し輝いて見える──。 この不思議な感覚の正体は、すべて「脳とホルモンの働き」にあります。 ...
続きを見る
-
-
日本史の雑学まとめ49選【役には立たないけれど面白いエピソード&事件】
戦国から幕末・明治、古代まで、偉人や出来事には教科書では知れない意外な裏話がたくさんあります。信長のかき氷好きや秀吉の親 ...
続きを見る
-
-
心理学の雑学&豆知識一覧59項【面白い身近な現象がテーマ】
私たちは毎日、たくさんの「選択」と「判断」を繰り返しています。 でも、その決断がいつも"理性的"とは限りません。むしろ、 ...
続きを見る