着物の柄や、お気に入りの小物の模様。普段は何気なく眺めていますが、どんな人が、どんな使い方を考えて描いたのでしょう。実は浮世絵師として知られる葛飾北斎は、着物や櫛、煙管(きせる)のためのデザイン図案集も手がけており、そこにはものを作る職人に向けた驚きの工夫が詰まっていました。
今回は、北斎の模様と図案見本帳にまつわる面白い雑学や豆知識を、貴重な古い本の画像とともにご紹介します。図案をそのまま切り貼りして使う実用的な仕組みから、時代を越えて受け継がれた版木のエピソードまで、江戸の暮らしに寄り添った「デザイナー・北斎」の仕事をのぞいてみましょう。
※掲載資料は、1841年の補刻本と1884年の刊行本です。作品の初版年と、画像に使用した本の刊行年は区別して紹介しています。
1.図案を貼って使えた
![葛飾北斎『今様櫛[キセル]雛形』1841年補刻本の第5コマ](https://zatsugaku-koko.jp/wp-content/uploads/2026/10/hokusai-pattern-design-img01.webp)
北斎が手がけた図案集は、ただ眺めて楽しむだけの本ではありませんでした。1823年に初版が出た『今様櫛きん雛形』は、櫛や煙管を作る職人向けに作られた実用的な見本帳です。図案が実物大で描かれ、品物に直接貼り付けて彫れる仕組みになっていました。さらに、櫛の図案がはみ出した部分は裏側へ折り返すようにという細かな指示まで添えられています。完成した美しさだけでなく、職人の作業手順にまでしっかり目を配っていたのですね。掲載画像は、後に版を補って刊行された1841年の本から採っています。
画像:国立国会図書館デジタルコレクション/葛飾北斎『今様櫛[キセル]雛形』1841年補刻本・第5コマ(著作権保護期間満了)。参考:サントリー美術館「冊子『今様櫛竹□雛形』」、アダチ版画研究所「北斎はファッションデザイナー!?」
2.着物の柄もデザイン

北斎は、身につける小物の装飾だけでなく、おしゃれな着物の柄もたくさん考案していました。1824年に初版が出た『新形小紋帳』は、小紋染めに使う多彩な模様を集めた図案見本帳です。昔から伝わる伝統的な模様を紹介するだけでなく、幾何学模様などを応用した北斎ならではのユニークなオリジナル模様も多く含まれています。風景や人物を一枚の絵に描く浮世絵とは違い、布地を彩るパターンを作る仕事からは、現代のファッションデザイナーにも通じる北斎の別の一面が見えてきますね。掲載した資料は、この図案集を後に別の題名で刊行した『北斎模様画譜』です。
画像:国立国会図書館デジタルコレクション/葛飾北斎『北斎模様画譜』探古堂、1884年・第5コマ(著作権保護期間満了)。参考:国立国会図書館「NDLイメージバンク:北斎模様画譜」、アダチ版画研究所「北斎はファッションデザイナー!?」
3.彫りやすさが第一
![葛飾北斎『今様櫛[キセル]雛形』1841年補刻本の第6コマ](https://zatsugaku-koko.jp/wp-content/uploads/2026/10/hokusai-pattern-design-img03.webp)
たばこを吸うための道具である煙管の図案には、現場の職人を思いやる北斎のポリシーが記されていました。『今様櫛きん雛形』の中で、煙管の形はその時々の流行に合わせて自由に変えてよいとしながらも、装飾の模様は職人が加工しやすいことを最優先にすると説明しているのです。本の中では男女別や煙管の種類ごとに分けて図案が示されており、実際に使う場面まで深く考えられていました。見た目の奇抜さや面白さだけでなく、作りやすさまで配慮する姿勢は、現代のプロダクトデザインにもそのまま通じるものがあります。
画像:国立国会図書館デジタルコレクション/葛飾北斎『今様櫛[キセル]雛形』1841年補刻本・第6コマ(著作権保護期間満了)。参考:国立国会図書館の資料解説「今様櫛[キセル]雛形」(公式APIのdescription欄)
4.明治に名前を変えた

先ほどご紹介した『新形小紋帳』と『北斎模様画譜』は、実は別々に作られた本ではありません。江戸時代に出版された『新形小紋帳』が、明治時代に入ってから『北斎模様画譜』へと改題されて再び世に出たものなのです。1884年(明治17年)に探古堂から復刊された際、本のタイトルに「北斎」の名前が冠されました。古い資料をひもとくときは、デザインが生まれた時期と、その本が印刷された時期が同じとは限りません。タイトルの変化からも、北斎の模様が時代を越えて大切に受け継がれてきた道のりが伝わってきます。
画像:国立国会図書館デジタルコレクション/葛飾北斎『北斎模様画譜』探古堂、1884年・第1コマ(著作権保護期間満了)。参考:国立国会図書館「NDLイメージバンク:北斎模様画譜」、アダチ版画研究所「北斎はファッションデザイナー!?」
5.古い版木で再び印刷

北斎が考案した数々の模様は、古い書物の中だけに眠っていたわけではありません。なんと1986年、アメリカのボストン美術館で『北斎模様画譜』の当時の版木が発見され、海を渡った貴重な版木から日本の職人の手で現代に再摺されたのです。さらに、その精巧な模様にインスピレーションを受けたグラフィックデザイナーの粟津潔(あわづきよし)氏は、図案を再構成して鮮やかな色彩を加えた木版画の連作を1987年に発表しました。江戸の着物のために描かれたデザインが、時空を超えて現代のクリエイターの発想を動かした素敵なエピソードですね(※掲載画像は再摺作品ではなく1884年刊行本です)。
画像:国立国会図書館デジタルコレクション/葛飾北斎『北斎模様画譜』探古堂、1884年・第6コマ(著作権保護期間満了)。参考:アダチ版画研究所「粟津潔『北斎模様・潔彩色図譜』」、アダチ版画研究所「北斎はファッションデザイナー!?」
まとめ
葛飾北斎の図案見本帳には、ただ美しい模様を描くだけにとどまらない、実用的な工夫が詰まっていました。品物にそのまま貼って使える実物大で描き、彫り師や職人が加工しやすいかどうかにも細やかに気を配る。着物や身近な小物のデザインを通して、「使う人」と「作る人」の両方に寄り添う仕事をしていたのですね。本のタイトルや刊行年をたどってみると、その優れたデザインが明治、そして現代へと大切に受け継がれてきたことがよくわかります。
普段何気なく身につけている服や小物の柄も、完成した見た目だけでなく「どうやって作られているのか」まで想像して眺めると、いつもと少し違って見えてきます。北斎の図案集は、そんな新しい視点を与えてくれる魅力的な資料です。「北斎は着物や道具のデザイナーでもあり、職人の作業にも気を配っていた」という豆知識を、お気に入りの模様を見つけたときにぜひ思い出してみてくださいね。
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