外国人の名前が「お伝さん」になったり、あのおなじみの名探偵が最初は着物姿で登場したり。明治から昭和初期にかけて日本で探偵小説が広まった頃の本には、現代のミステリーとはひと味違うユニークな工夫や歴史がたくさん詰まっています。
今回は、日本の初期の探偵小説にまつわる面白い雑学や豆知識を14個厳選してご紹介します。当時の貴重な本や挿絵、有名作家の意外なエピソードも交えながら、思わず誰かに話したくなる奥深い探偵小説の世界をぜひ一緒に楽しんでみてくださいね。
1.外国人がお伝さんに

出典:国立国会図書館
「本の万華鏡」。
明治時代の翻訳小説では、登場する外国人の名前が日本風にアレンジされることがよくありました。たとえば1888年に黒岩涙香が訳した『人耶鬼耶(ひとかおにか)』では、クロオデンが「於傳(おでん)」、タブロンが「田風呂(たぶろ)」という具合に、音の似た日本名へ置き換えられています。まだカタカナの外国名になじみが薄かった当時の読者にも、物語をすっと頭に入りやすくするための素敵な翻訳の工夫だったのですね。
参考:
国立国会図書館「黒岩涙香」
2.続きを求め新聞社へ

出典:
Wikimedia Commons。
パブリックドメイン(日本・米国。ファイルページの表示による)。
1888年、黒岩涙香の『法庭の美人』が『今日新聞』に掲載されると、たちまち世間の大人気を集めました。その後も涙香は新聞紙上で次々と海外の探偵小説を連載し、多くの読者を熱狂させます。江戸川乱歩の記述によると、物語の展開に夢中になるあまり、翌日の掲載が待ちきれずに直接新聞社の前へ人が集まるほどの大騒ぎだったそうです。実際のニュースだけでなく、紙面で繰り広げられる事件も当時の大きな娯楽でした。
参考:
国立国会図書館「黒岩涙香」
3.元祖は江戸時代の訳

出典:国立国会図書館
「本の万華鏡」。
日本の翻訳探偵小説のルーツといわれる『楊牙児奇談(ヨンゲルきだん)』ですが、その歴史は明治時代よりもさらに前へとさかのぼります。実はもとになったのは、幕末の1861年に洋学者の神田孝平が翻訳した『和蘭美政録』の中の一編でした。これを成島柳北が短く読みやすくまとめ、1877年から1878年にかけて雑誌『花月新誌』で発表したのです。画像の本は1886年に出版されたもので、最初に訳された時代とは少し離れています。
4.森鷗外も名作を翻訳

出典:国立国会図書館
「本の万華鏡」。
海外のミステリーを日本に紹介したのは、専門の推理作家だけではありませんでした。明治・大正を代表する文豪の森鷗外も、世界初の探偵小説とされるエドガー・アラン・ポーの『モルグ街の殺人』を翻訳しています。1913年に発表された際のタイトルは、なんと『病院横町の殺人犯』というどこか和風でレトロな邦題でした。誰もが知る海外の有名作品も、当時のタイトルで眺めてみると新鮮な味わいがありますね。
5.泉鏡花もシリーズに

出典:国立国会図書館
「本の万華鏡」。
明治20年代に巻き起こった探偵小説ブームには、幻想文学で知られる文豪・泉鏡花も参加していました。1893年に発表された『活人形』は、春陽堂から出た「探偵小説」というシリーズの第11集として刊行されたものです。この叢書は全26集に及び、日本の作家の創作だけでなく海外の翻訳や実話まで幅広く収録されていました。当時はひとつの看板の下に、バラエティ豊かな読み物が集まっていたのですね。
6.乱歩以前の創作小説

出典:国立国会図書館
「本の万華鏡」。
日本の探偵小説の歴史といえば江戸川乱歩が有名ですが、日本人が自らオリジナルの推理作品を書く試みは、大正時代の乱歩デビューよりずっと前から行われていました。明治22年(1889年)には、すでに須藤南翠の『殺人犯』や黒岩涙香による『無惨』といった作品が世に出ています。海外作品の翻訳ブームの陰で、日本の作家たちによる独自のミステリー作りも少しずつ芽吹いていたのです。
7.横溝正史とルパン

出典:国立国会図書館
「本の万華鏡」。
名探偵・金田一耕助シリーズの生みの親である横溝正史にも、少年時代にミステリーの世界へどっぷりハマるきっかけとなった一冊がありました。それが1912年に三津木春影が怪盗シリーズを訳した『古城の秘密』です。のちに横溝自身が、この本を読んで「完全に探偵小説マニヤになった」と熱っぽく振り返っているほどです。歴史に残る大作家も、最初は物語の続きに胸を躍らせる一人の熱心な読者でした。
8.翻案と疑われた乱歩

出典:国立国会図書館
「本の万華鏡」。
江戸川乱歩から送られてきたデビュー作『二銭銅貨』の原稿を読んだ雑誌『新青年』の編集者・森下雨村は、その並外れた完成度に度肝を抜かれました。日本人の新人にしてはあまりに出来が良すぎたため、「どこかの外国の小説を日本風に書き直したものではないか」と疑ったほどだったそうです。のちに小酒井不木の熱い推薦文とともに1923年に掲載され、日本のミステリー史を塗り替える華々しいデビューを飾りました。
参考:
国立国会図書館「江戸川乱歩」
9.学生時代から暗号好き

出典:国立国会図書館
「本の万華鏡」。
乱歩の処女作『二銭銅貨』では、精巧な暗号解読が物語の最大の山場となっています。実は乱歩は小説家としてデビューする前の学生時代から、こうしたパズルや秘密の通信に強い関心を寄せていました。実際に「暗号記法の分類」という本格的な考察文を雑誌へ投稿していたほどです。画像は1931年の全集に収録されたものですが、若い頃から夢中になっていた趣味が、のちの傑作誕生にしっかりと活かされたのですね。
参考:
国立国会図書館「乱歩と暗号」
10.最初の明智は着物姿

出典:国立国会図書館
「本の万華鏡」。
江戸川乱歩が生んだ名探偵・明智小五郎といえば、ビシッとスーツを着こなした紳士的な洋装姿を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。ところが初登場作である『D坂の殺人事件』では、木綿の絣(かすり)によれよれの兵児帯を締めた書生風の青年として登場します。本の山に埋もれた四畳半の下宿で暮らす無職の若者が、シリーズを重ねるにつれて誰もが憧れる洗練された名探偵へと変貌していったのです。
11.二十面相は血が苦手

出典:国立国会図書館
「本の万華鏡」。
1936年刊行の『怪人二十面相』で活躍する大泥棒・二十面相は、その不気味な名前とは裏腹に、とても平和主義な一面を持っています。彼は暴力を極端に嫌っており、人を傷つけたり殺めたりせず、現金ではなく美しい美術品ばかりを狙うという美学を貫いているのです。そのため、明智小五郎や小林少年たちとの対決も血なまぐさい争いにはならず、あっと驚く変装術と知恵比べが物語の醍醐味となっています。
12.化学の技師が作家に

撮影年・撮影者は掲載ページでは確認できません。
出典:国立国会図書館
「本の万華鏡」。
戦前の本格ミステリー界を牽引した作家の甲賀三郎は、実は文系ではなくバリバリの理系出身でした。帝国大学で応用化学を学んだあと、農商務省の臨時窒素研究所で働きながら小説を執筆していたという異色の経歴の持ち主です。自身の専門である化学の知識を巧みに取り入れたトリックも数多く発表しており、研究者としてのリアルな経験が、論理的で説得力のある謎解きを作る強力な武器になっていました。
13.全集を1冊1円で販売

探偵小説の全集出版を示す資料です。
出典:国立国会図書館
「本の万華鏡」。
昭和初期の出版界では、分厚い全集を1冊たったの1円で販売する「円本(えんぽん)」が空前の大ブームを巻き起こしました。1927年に配本が始まった『現代大衆文学全集』に乱歩の作品が収録されたほか、1929年から1930年にかけては探偵小説専門の全集も次々と刊行されています。手頃な価格で本棚にずらりと名作を並べられるようになった出版の仕組みも、日本のミステリーファンを一気に増やす原動力となりました。
14.列車ダイヤが謎解きに

出典:国立国会図書館
「本の万華鏡」。
日本の推理小説でおなじみのジャンルといえば、鉄道の運行時間から犯人のアリバイを崩す「時刻表トリック」ですよね。その日本における先駆けとされるのが、1935年に発表された蒼井雄の『船富家の惨劇』です。この作品では、実在する駅名と当時の本物の列車ダイヤに沿って緻密なアリバイ工作が組み立てられています。日常の鉄道網がそのまま巨大な密室やトリックになる面白さは、戦前からすでに確立されていたのです。
まとめ
明治から昭和初期にかけての日本の探偵小説には、読みやすさを追求した翻訳の工夫や、新聞社の前に人だかりができるほどの熱狂、そして作家たちの意外な素顔など、作中の事件の謎解きと同じくらいドラマチックな歴史が詰まっています。
当時のレトロな邦題や登場人物の当て字、挿絵を眺めてみるだけでも、現代とはまた違った読書のロマンが感じられますよね。もし気になる作品や作家が見つかったら、ぜひ出典元の資料や当時の名作の数々も実際にページをめくって楽しんでみてください!
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