煙管(きせる)というと、細長い竹に金属の先端が付いた道具を思い浮かべませんか。ところが、その収納ケースや煙草入れまで見てみると、食べ物の形をしたものや、真珠を使った豪華なものまで残っています。煙草を吸うための道具には、持ち歩く楽しさや装いへのこだわりもたっぷり詰まっていました。
今回は、博物館に残る実物の画像から、形や素材、飾りに注目する面白い雑学をご紹介します。取り上げるのは主に江戸・明治期の日本の品で、当時の喫煙具すべてを代表するわけではありませんが、小さな道具を舞台にした職人たちの粋な工夫をぜひ楽しんでみてくださいね。
1.寿司に見立てたケース

こちらは本物の食べ物ではなく、煙管を収納するためのケース(煙管筒)です。19世紀に作られたこの品は、竹の葉で包んだタコの姿寿司をリアルにかたどっています。素材にはセイウチの牙や漆、墨などが使われており、長さは21.4センチあります。煙草を吸う道具をしまうために別の食べ物の姿を借りるという、江戸・明治期の遊び心あふれる工芸品ですね。作品名を知ってから画像を見ると、細長い収納具が美味しそうな包んだお寿司に変わって見えてくるのも面白いところです。
画像:Wikimedia Commons「タコ寿司形煙管筒」。参考:ウォルターズ美術館・作品番号71.786。写真:Walters Art Museum(The Walters Art Museum)、CC BY-SA 3.0(未改変)。
2.竹の部分にも名前がある

煙管の種類のひとつで、中央にある竹の管には、「羅宇(らう・らお)」という特別な名前が付いています。火皿のある雁首(がんくび)と、口を付ける吸口(すいくち)をこの竹の管でつなぐ構造のものが「羅宇きせる」です。一方で、雁首から吸口まで全体を一つの金属素材で作るものは「延べきせる」と呼んで区別します。画像の品は竹と真鍮で作られており、全長は20.4センチです。両端の金属部分だけでなく、間をつなぐパーツにも注目すると煙管の仕組みがよくわかりますね。
画像・参考:クリーブランド美術館「Tobacco Pipe」・作品番号1939.305、19~20世紀。構造の参考:たばこと塩の博物館「きせる」。画像:The Cleveland Museum of Art、CC0 1.0。
3.真珠まで携帯の道具に

美しい真珠は首飾りなどの宝飾品だけでなく、煙草入れを携帯するための道具にも贅沢に使われました。この18世紀の一式では、天然の淡水真珠を金の台座に取り付けて「根付(ねつけ)」に仕立てています。根付とは、提げた道具を落としてしまわないように着物の帯に引っ掛けて留めるためのストッパーです。真珠を支える金には波や丸い水滴が細かく表現され、袋や筒には銀箔を施したオランダ製の型押し革が使われています。小さな部品まで豪華に仕上げた、まさに装身具としての喫煙具ですね。
画像・参考:メトロポリタン美術館「金装淡水真珠根付付き煙草入れ・煙管」・作品番号14.40.843a, b。根付の用途の参考:ウォルターズ美術館「Smoking Set with Noh Masks」。画像:The Metropolitan Museum of Art、CC0 1.0。
4.鹿角に潜り込むネズミ

煙管筒に使われる材料は、定番の木や竹だけではありません。19世紀に作られたこちらの品は鹿の角と墨を用いており、小さな穴を通り抜ける可愛らしいネズミの姿を題材にしています。さらに興味深いのは、名工・柴田是真(しばたぜしん)の作品に倣って作られた品であることです。作者はIkkosaiと記録されており、是真本人の作ではなく「写した」ことを示す銘も残されています。動物の愛らしい仕草を楽しむとともに、小さな工芸品の世界にも名作を写し取る文化があったことを伝える一例です。
画像:Wikimedia Commons「穴を通り抜けるネズミの煙管筒」。参考:ウォルターズ美術館・Ikkosai作、柴田是真に倣う、作品番号71.784。写真:Walters Art Museum(The Walters Art Museum)、CC BY-SA 3.0(未改変)。
5.金属に布の文様

煙管の表面を彩る飾りには、動物や植物だけでなく、繊細な織物のデザインを取り入れたものもあります。この19世紀の煙管は、硬い銀と金を使って柔らかな布地の柄を緻密に表現した工芸品です。全長は16.6センチで作者は不明ですが、美術館でも「織物文様の煙管」という作品名で収蔵されています。本来は着物などとして身に着ける布の柄を、持ち歩く金属の道具へと移し替えた発想が見どころです。画像のように角度を変えて眺めると、面によって異なる模様の表情が楽しめますよ。
画像:Wikimedia Commons「織物文様の煙管」。参考:ウォルターズ美術館・作品番号57.1262。写真:Walters Art Museum(The Walters Art Museum)、CC BY-SA 3.0(未改変)。
6.袋と根付で能面ぞろい

刻み煙草を入れる袋と、それを帯に留める根付を、まったく同じテーマでコーディネートした一式も残っています。この18~19世紀の品では、袋の留め具と根付の両方に伝統芸能である「能の面」のデザインを取り入れています。煙草入れには型押し革を使い、根付はTadatsuguの作と伝えられています。革や木、漆、金属など、異なる素材を巧みに組み合わせた喫煙具です。面が付いているからといって持ち主が能の演者だったとは限りませんが、題材を統一した粋なおしゃれ心が伝わってきますね。
画像・能面の解説:Wikimedia Commons「能面付き喫煙具一式」。年代・構成の参考:ウォルターズ美術館「Smoking Set with Noh Masks」・根付Tadatsugu作、作品番号73.81。写真:Walters Art Museum(The Walters Art Museum)、CC BY-SA 3.0(未改変)。
7.煙草入れには鉄製も

「煙草入れ」と聞くと、柔らかい布や革で作られたポーチのような袋を想像しがちですよね。ところが、18世紀の日本の品には、頑丈な金属で作られた珍しい容器タイプのものも残されています。メトロポリタン美術館の資料によると、長さは12.1センチ、幅は6センチで、こちらも立派な煙草入れ(Tobacco pouch)の分類に収められています。定番の革袋や布製の煙草入れと見比べてみると、当時の喫煙具の工芸は表面の飾りだけでなく、素材選びそのものにも大きく広がっていたことがわかります。
画像・参考:メトロポリタン美術館「Tobacco pouch」・作品番号36.120.667。画像の個別利用条件:Wikimedia Commons「MET DP259963.jpg」。画像:The Metropolitan Museum of Art、CC0 1.0。
8.煙管筒に達磨の伝説

こちらの煙管筒の意匠に取り入れられているのは、禅宗の開祖とされる達磨(だるま)が、一本の葦(あし)の葉に乗って大きな揚子江を渡ったという有名な逸話です。19世紀の日本で作られた品で、細長い収納具のスペースを活かして物語のワンシーンを見事に表現しています。素材は木をベースに、銀や金が組み合わされています。達磨の渡河は史実の記録ではなく半ば伝説的なエピソードですが、作品の背景にある題材を知ってから眺めると、ただの人物飾り以上に深い味わいを感じられますね。
画像:Wikimedia Commons「達磨図煙管筒」。参考:ウォルターズ美術館・作品番号67.567。写真:Walters Art Museum(The Walters Art Museum)、CC BY-SA 3.0(未改変)。
9.煙管で猿が柿採り

細長い煙管の本体にも、まるで絵画のように動きのある場面を盛り込むことができます。明治期に東京で作られたこちらの煙管は、訓練された猿たちが実った柿を収穫する愛らしい場面が彫り込まれています。作者はMaejima Morichikaで、銀や金、銅のほか、金と銅の合金である赤銅(しゃくどう)を使って彩り豊かに仕上げられました。明治時代には、かつて刀装金具を手がけていた熟練の職人たちが喫煙具などの金具へ技術を注ぎ込んだという歴史もあり、この煙管からも緻密な金属工芸の技が楽しめます。
画像:Wikimedia Commons「柿を採る猿の煙管」。作品の参考:ウォルターズ美術館・Maejima Morichika作、作品番号57.1281。工芸史の参考:清水三年坂美術館「喫煙具―煙管と筒と煙草入」。写真:Walters Art Museum(The Walters Art Museum)、CC BY-SA 3.0(未改変)。
10.携帯ケースもおしゃれに

煙管筒や煙草入れは、単に道具をしまっておくための入れ物ではありません。着物の帯から提げて持ち歩く一式は、持ち主のセンスをアピールして会話のきっかけを作るファッション小物でもありました。柴田是真が手がけたこの作品では、黒漆の煙管筒に金銀の蒔絵で酢漿草(かたばみ)の葉を表し、煙草入れには異国情緒のある木綿の更紗(さらさ)を合わせています。鹿角の根付で帯に留める仕組みで、持ち歩くケースまで好みに合わせる楽しみは、現代の私たちがスマホケースやバッグを選ぶ感覚にも通じますね。
画像・参考:メトロポリタン美術館・柴田是真「酢漿草蒔絵煙管筒と更紗煙草入れ」、19世紀前期、作品番号2015.500.2.43a, b。画像:The Metropolitan Museum of Art、CC0 1.0。
まとめ
博物館に残る煙管と煙草入れを見ていくと、当時の喫煙具の工芸は、ただ豪華な材料を使うことだけではないとわかります。お寿司に見立てたり、動物の仕草を表現したり、布の文様を金属に移したりと、限られた小さな空間の中に驚くほど多彩な遊び心が盛り込まれていました。
また、煙管、煙管筒、煙草入れ、根付には、それぞれ異なる役割があります。今度もし美術館や博物館で小さな喫煙具を見かけたら、表面の飾りだけでなく「使うための仕組み」と「持ち歩くためのおしゃれ」を分けて探してみてください。きっと誰かに話したくなるような新しい発見に出会えるはずですよ。
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