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千里眼事件の雑学13選~千鶴子や貞子とトリックの真相を解説~

千里眼事件雑学

封筒を開けずに中の文字を読んだり、念じるだけで写真に文字を写したりといった不思議な話が、新聞や大学の研究者を大きく巻き込んだ時代がありました。明治末期に日本中を騒がせた「千里眼事件」です。ところが当時の資料をじっくりと開いてみると、学者たちの難しい論争だけでなく、手品やパロディ小説、さらにはお金もうけの話まで飛び出してきます。

今回は、古い写真や新聞記事、そしてちょっと気になる題名の本を手がかりに、当時の社会と事件の裏側を楽しくのぞいてみましょう。中心となるのは1910~1911年の出来事と、その前後に世に出たユニークな出版物です。超能力が実在したかどうかという議論ではなく、当時の記録や人々のリアルな反応を親しみやすい雑学としてご紹介します。

 

1.猫まで千里眼になった

八千代・弦月『我輩ハ千里眼』の書影、1911年刊

世間を席巻した千里眼ブームは、なんと人間だけでは収まりませんでした。1911年刊の『我輩ハ千里眼』は、夏目漱石の名作『吾輩は猫である』のパロディ小説で、「吾輩」の妻である猫が特殊能力を持つというユニークな設定です。作中には「猫もしゃくしもそれを名乗る」という趣旨の皮肉めいた文章も登場します。単なる奇抜な題名ではなく、社会現象を笑いに変えた時事ネタとして当時の読者を楽しませていました。

画像・参考:出典:国立国会図書館「本の万華鏡」八千代・弦月『我輩ハ千里眼』田中書店、1911年5月

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2.心理学にも大きな装置

『実験心理写真帖』に掲載された、幻灯機と暗箱などを組み合わせた注意の実験装置

不思議な透視能力が世間で話題になった頃、大学の心理学教室では本格的な機械を使って心の働きを調べていました。画像は1910年刊『実験心理写真帖』に載っている「注意の実験」用の器具です。左の幻灯機から光を送り、中央の機械で時間を調節して、右の暗箱に文字や錯覚図を映し出しました。被験者が小窓からのぞき、見る時間を変えて人間の知覚を調べる仕組みであり、同時代の科学的な現場の様子が伝わってきます。

画像・参考:出典:国立国会図書館「本の万華鏡」東京帝国大学文科大学心理学教室編『実験心理写真帖』弘道館、1910年12月

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3.透視実験を郵便で

通信実験の記録を収めた福来友吉『透視と念写』の書影、1913年刊

当時の検証には、研究者と被験者が同じ場所にいない遠隔スタイルもありました。1910年2月、心理学者の福来友吉(ふくらいともきち)は、熊本に住む御船千鶴子(みふねちづこ)に向けて、厳重に封をした名刺を送って読み取らせる試みを行っています。計19枚の名刺の文字を錫箔(すずはく)で隠すなどして封筒に入れ、封じ目には印も押していました。画像はその経過を収めた1913年刊の『透視と念写』です。

画像・参考:出典:国立国会図書館「本の万華鏡」「通信実験」の解説/画像資料:福来友吉『透視と念写』東京宝文館、1913年

 

4.千里眼にも独習書

神秘術研究会編『実行自在千里眼独習』の書影、1913年刊

ニュースを見て驚くだけでなく、「自分も不思議な力を身につけたい」と願う人に向けた実用書まで登場しました。1913年刊の『実行自在千里眼独習』は、特殊な能力をひとりで練習して習得できると宣伝する本です。朝起きたらぬるま湯で湿らせた布で体をこすり、深呼吸をするなど、まるで健康法や生活指導のような手順が並んでいます。特別な力を身近な習い事のように売り出す当時の商魂が伝わってきますね。

画像・参考:出典:国立国会図書館「本の万華鏡」神秘術研究会編『実行自在千里眼独習』盛報館、1913年

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5.新聞に「十四博士」

1910年9月18日付『朝日新聞』東京版朝刊の千里眼関連記事「十四博士の驚嘆」

1910年9月18日の新聞紙面には、大きく目を引く見出しが躍りました。前日に行われた公開実験で、学者たちが書いたカードから1枚を選び、容器に封じた文字を千鶴子が見事に言い当てたと報じられたのです。ただし参加した研究者たちは、未知の光線や精神作用などそれぞれ異なる仮説を検討していました。派手な見出しは学者全員の結論が一致したという意味ではないため、報道の勢いと冷静な評価を分けて読む必要があります。

画像・参考:出典:国立国会図書館「本の万華鏡」「十四博士の驚嘆」『朝日新聞』東京版、1910年9月18日朝刊5面/公開実験の解説

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6.民家の間取りも記録

『透視と念写』に掲載された、熊本での実験場所となった清原邸の見取り図

検証の舞台となったのは、大学の研究室だけではありませんでした。画像は、1910年に熊本でテストが行われた「清原邸」の図面です。千鶴子は立会人の目の前では精神統一が難しく、別室でひとりになって透視を行うことがありました。そのため、誰がどの位置から被験者の様子を監視できるかが、結果の信頼性を左右する重要なポイントになったのです。部屋の配置そのものが検証の条件になっていたことがよくわかります。

画像・参考:出典:国立国会図書館「本の万華鏡」熊本での共同実験と京都での実験の解説/福来友吉『透視と念写』東京宝文館、1913年掲載「清原邸の見取り図」

 

7.文字の切れ目が争点に

『透視と念写』に掲載された、長尾郁子による念写とされた「観音」の文字

丸亀の長尾郁子(ながおいくこ)の検証では、念じるだけで写真乾板に文字を焼き付ける「念写」が大きな話題になりました。画像は『透視と念写』に掲載された「観音」という文字です。物理学者の藤教篤(ふじきょうとく)は、文字の輪郭や、本来閉じるはずの字画に不自然な隙間がある点に注目しました。そして切り抜いた紙型を乾板に重ねて光を当てたトリックの可能性を指摘し、自ら再現実験まで行っています。

画像・参考:出典:国立国会図書館「本の万華鏡」長尾郁子の念写と『千里眼実験録』の解説/画像資料:福来友吉『透視と念写』東京宝文館、1913年

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8.米相場まで見通す?

機外逸人『相場必勝千里眼』の書影、1911年刊

ブームに便乗して、お金もうけを目論むユニークな本も出版されました。1911年刊の『相場必勝千里眼』は、精神修養の大切さを説くだけでなく、その年の各月の具体的な価格変動の予想まで掲載しています。「宇宙精神」から話を始め、「相場禅」を身につけることを勧める一方で、付録では生々しい投資の話に踏み込む構成でした。未知の能力への期待が、人々のリアルな欲や暮らしのお金の話にも結び付いていた証拠です。

画像・参考:出典:国立国会図書館「本の万華鏡」機外逸人『相場必勝千里眼』尚文館、1911年4月

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9.消えた乾板は入れ忘れ

『千里眼実験録』に掲載された、写真乾板の紛失騒動に関わった鞄

1911年1月、香川県丸亀での検証中に、鞄の中に入れていたはずの写真乾板がなくなるという大騒動が起きました。念写の要となる大切な材料が消えたため現場は紛糾しましたが、のちに研究者側が最初から鞄に中身をセットし忘れていたという単純な人為的ミスだったと判明します。しかしこの一件で長尾家側の不信感は決定的となり、以降は物理学者たちによる検証が断られるという大きな転機になりました。

画像・参考:出典:国立国会図書館「本の万華鏡」乾板紛失事件の解説/藤教篤・藤原咲平『千里眼実験録』大日本図書、1911年2月掲載の鞄の写真

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10.催眠術には取締りも

ジョーンスツロム著、渋江保訳『催眠術』の書影、1894年刊

一連の騒動の背景には、明治時代に広がっていた催眠への強い関心がありました。画像は1894年に出版された翻訳書です。記憶力の向上や特殊な能力への期待から大流行した一方で、怪しげな民間療法が横行して社会問題にもなりました。そのため1908年の警察犯処罰令には、みだりに他人に施術を行う行為を処罰する法的な規定まで設けられています。研究と実用への期待、そして法的な規制が入り交じる時代だったのです。

画像・参考:出典:国立国会図書館「本の万華鏡」福来友吉と催眠術の解説/ジョーンスツロム著、渋江保訳『催眠術』博文館、1894年6月/警察犯処罰令第2条第19号

 

11.事件が変名の戯曲に

阪口幽斎『千里眼の由来』の書影、1911年刊

世間を賑わせたニュースは、リアルタイムで演劇用の脚本(戯曲)の題材にもなりました。1911年3月刊の『千里眼の由来』には、「小船千鶴子」や「丸亀郁子」といった絶妙にもじった名前で、実在の人物をモデルにしたキャラクターたちが登場します。副題は「学界の奇観」となっており、当時の新聞連載とのつながりもうかがえます。もちろん脚色されたフィクションですが、騒動がいかに早く大衆娯楽として消費されたかがわかる資料です。

画像・参考:出典:国立国会図書館「本の万華鏡」阪口幽斎『千里眼の由来』東京堂、1911年3月

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12.手品本にも千里眼

三洋堂編『最新秘法大奇術』の書影、1911年刊

流行語となったこの言葉は、なんと奇術の演目名にもちゃっかり使われました。1911年刊の『最新秘法大奇術』に収録された51の演目のトリを飾るのは、「人の書いた字を必ず當てる法(千里眼)」です。本の中では超能力としてではなく、紙を巧みにすり替えて文字を盗み見る宴会向けの仕掛けとしてタネ明かしされています。学界で真剣な論争が繰り広げられる一方で、庶民の間では楽しい遊びのネタにもなっていたのですね。

画像・参考:出典:国立国会図書館「本の万華鏡」三洋堂編『最新秘法大奇術』三洋堂、1911年3月/「人の書いた字を必ず當てる法(千里眼)」掲載箇所

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13.ホラー作品にも面影

御船千鶴子の肖像写真、1910年、撮影者不明

明治の世を騒がせたこの出来事は、実は現代の有名なエンターテインメント作品にも深くつながっています。大ヒットした小説『リング』シリーズに登場する山村貞子の両親は、実在した能力者たちと研究者の福来友吉がモデルとされているのです。透視や念写をめぐる研究と、それをスキャンダルとして消費した当時の社会の反応が、創作の背景になりました。フィクションの怖さと史実を区別して辿ると、また違った歴史の面白さが見えてきます。

画像:Wikimedia Commons「Chizuko Mifune」、撮影者不明、1910年、パブリックドメイン。参考:国立国会図書館「本の万華鏡」「千里眼事件とその時代」はじめに

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まとめ

千里眼事件の資料に残されているのは、不思議な能力をめぐる真偽の論争だけではありません。名刺を封じた郵便や実験場所となった民家の間取り図、そして乾板を入れ忘れた鞄など、ごく身近な物が検証の信頼性を左右する重要な道具になっていました。古い写真や図面からは、手探りで実験を進める研究者たちの苦労もリアルに伝わってきます。

一方で、当時の出版界に目を向けると、独習書や米相場の予想本、さらには猫のパロディ小説まで登場していました。人々は事件をただ信じたり疑ったりするだけでなく、暮らしに役立てようとしたり、ユーモアあふれる笑いに変えたりして楽しんでいたのです。気になるニュースに出会ったときは、大きな見出しと確かめられた事実を少し分けて読んでみると、新しい発見があるかもしれませんね。

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