お正月に流れる箏(こと)の音を聞くと、和服や畳の部屋を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。でも、昔の箏の世界をのぞいてみると、月見の宴や楽器のお店、お稽古の発表会など、私たちの暮らしに近い意外な場面がいろいろと見つかります。なかには、なんと箏が妖怪になったユニークな絵まで残されているんですよ。
今回は、浮世絵や古書の挿絵、歴史ある楽器の写真を手がかりに、箏と昔の音楽文化にまつわる面白い雑学をご紹介します。音を聞くだけでは気づきにくい、楽器の姿や楽しみ方にも注目してみましょう。時代や地域によって習慣は異なり、物語や後世の絵には創作的な表現も含まれますが、知れば知るほど奥深い世界が広がっていますよ。
1.箏にも妖怪がいる

大きな目玉に、乱れ髪のような切れた弦が印象的なこちらの絵。江戸時代の絵師・鳥山石燕の妖怪絵本には、古い楽器が変化した「琴古主(ことふるぬし)」という名の付喪神(つくもがみ)が登場します。詞書には古い「筑紫箏」と、その後の音楽を発展させた八橋の名があり、忘れられた音色の恨みを思わせる説明が添えられています。掲載画像は文化2年の刊本に収められたもので、音楽の移り変わりまで姿に重ねているのが面白いですね。
画像・参考:出典:国立国会図書館「本の万華鏡」第24回・第2章/鳥山石燕『百鬼徒然袋』[2]、文化2年[1805]刊
2.楽器が工芸品に

昔の箏には、美しい音を奏でる道具であると同時に、持ち主の格式の高さを示す美術品という顔もありました。この17世紀初頭の作品は、演奏する部分を除いて豪華絢爛な装飾が施された特別な一張りです。側面には金の鶴の飾りがあり、木や象牙、金属などを巧みに組み合わせた細工が使われています。金工には名工・後藤程乗(ごとうていじょう)が関わっており、長い胴の周囲を彩る緻密な美しさにも目を向けたい一品です。
画像:Wikimedia Commons「Koto MET DP148474.jpg」/The Metropolitan Museum of Art、Koto、2007.194a–f、Purchase, Amati Gifts, 2007。画像:CC0 1.0。参考:同館の作品解説
3.箏と琴は別の楽器

普段私たちが「お琴」と呼んでいるものは、厳密には「箏(そう・こと)」であることが多いのをご存じでしょうか。この二つには、弦を支えて音の高さを調整する「琴柱(ことじ)」を立てるかどうかという明確な構造の違いがあります。琴(きん)は琴柱を使わず、弦そのものを押さえて音を変えます。昔から混同して表記される例もあり文字だけでは判断しにくいですが、明治時代の水野年方の作品を見ると、弦を支える仕組みがよくわかりますよ。
画像・参考:出典:国立国会図書館「本の万華鏡」第24回・はじめに/水野年方『三十六佳撰』、1893年刊。作品の背景:国立国会図書館「NDLイメージバンク」水野年方の美人画
4.源氏の女性たちが合奏

古典の名作『源氏物語』には、華やかな女性たちが集まって楽器を演奏する印象的な場面が登場します。「若菜下」の巻では、明石の君が琵琶、紫の上が和琴、明石の女御が箏、そして女三の宮が琴を担当しました。同じ「こと」と読む3種類の弦楽器が、一つの合奏の中で別々の役割を果たしているのが興味深いポイントです。画像は江戸時代・寛文頃の版本の挿絵ですが、平安貴族の優雅な日常の楽しみが伝わってきますね。
画像・参考:出典:国立国会図書館「本の万華鏡」第24回・はじめに/『源氏物語』若菜下、寛文頃刊。背景:同・第2章
5.埴輪もコトを弾く

奈良時代に大陸から箏が伝わるよりもずっと前から、日本列島には別の「コト」が存在していました。古墳時代の埴輪が膝の上に抱えているのは、中国伝来の楽器ではなく、日本古来の「やまとごと(和琴)」の祖先にあたります。当時の演奏スタイルは、指で弦をつまびくものだけでなく、撥(ばち)を使うものもありました。昭和10年刊の図鑑に載っているこちらの像も撥を持っており、長い歴史の中での弾き方の変化を教えてくれます。
画像・参考:出典:国立国会図書館「本の万華鏡」第24回・第2章/帝室博物館編『埴輪集成図鑑』第10、1935年刊
6.箏の音で居場所が判明

軍記物語の『平家物語』には、美しい音色を手がかりに、隠れていた女性を探し当てるロマンチックな逸話があります。高倉天皇に愛された小督(こごう)は嵯峨野に身を隠しますが、月の美しい夜に「想夫恋」を奏でたことで、使者の源仲国に発見されるのです。仲国は以前、彼女の演奏に笛の伴奏を合わせていたため、その音を聴き分けることができました。画像は明暦2年刊の版本の挿絵で、後に山田検校が作曲した名曲の題材にもなっています。
画像・参考:出典:国立国会図書館「本の万華鏡」第24回・第2章/『平家物語』[6]、明暦2年刊
7.三曲は三つの楽器

伝統音楽の用語にある「三曲(さんきょく)合奏」とは、曲を3つ続けて演奏するという意味ではありません。これは箏と三味線に、胡弓(こきゅう)や尺八を加えた3種類の和楽器によるアンサンブルを指す言葉です。江戸時代になると、三味線で歌う地歌と結びつき、歌の合間に「手事(てごと)」という楽器だけの長い間奏を聴かせる曲も盛んに作られました。耳鳥齋のユーモラスな絵からも、複数の奏者が音を合わせる楽しさが伝わってきますね。
画像・参考:出典:国立国会図書館「本の万華鏡」第24回・第1章/耳鳥齋『畫本古鳥圖賀比』
8.検校は名字ではない

歴史の教科書などに出てくる八橋検校や山田検校の「検校(けんぎょう)」は、実は本人の名字や名前ではありません。これは視覚障害者の自治組織であった「当道(とうどう)座」における最高位の官名を示す称号です。当道に属する人々は、箏や三味線、胡弓といった音楽の演奏・伝承を独占的に担ったほか、鍼・灸・按摩などの医療分野にも携わりました。元禄3年刊『人倫訓蒙図彙』の図解を見ると、当時の音楽家たちの社会的な立場がよくわかります。
画像・参考:出典:国立国会図書館「本の万華鏡」第24回・第3章/蒔絵師源三郎ほか画『人倫訓蒙図彙』[2]、元禄3年刊
9.江戸にも楽器のお店

豊かな邦楽の文化を陰で支えていたのは、舞台で華やかに演奏する音楽家たちだけではありません。江戸時代には庶民の間でも音楽熱が高まり、専門の職人が楽器を製作・販売する「箏・三味線屋」が数多く誕生しました。『職人尽絵詞』には、店先で丁寧に楽器を扱う職人たちの仕事ぶりが生き生きと描かれています。女性を中心とするお稽古事として広まった背景には、こうした身近な楽器店の存在が欠かせなかったのですね。
画像・参考:出典:国立国会図書館「本の万華鏡」第24回・第3章/北尾政美原図、山東京伝ほか詞書『職人尽絵詞』第3軸。お稽古の背景:同・第2章
10.お稽古にも発表会

習い事の成果を人前で披露して楽しむ文化は、現代だけでなく昔の資料にもしっかりと記録されています。明治12年刊の『歌曲新時習考』には、当道の師匠に弟子入りした門下生たちが集う「おさらい会」の風景が描かれています。プロの演奏家だけでなく、一般の人々が練習を重ねて晴れの舞台に臨む姿は、今の音楽教室の発表会とそっくりですよね。技術を磨いて仲間に聴いてもらう喜びも、音楽文化の大切な一部だったのです。
画像・参考:出典:国立国会図書館「本の万華鏡」第24回・第2章/豊賀富寿一編『歌曲新時習考』、明治12年刊
11.月見の席にも箏

昔の秋のお月見には、ただ静かに夜空の月を眺めるだけでなく、賑やかに音楽を楽しむ場面もありました。江戸時代の名所図会や地誌を見ると、季節の行楽の宴で美味しい食事を囲みながら、楽器を奏でて歌い踊る様子がたびたび登場します。楊洲周延の浮世絵「月見之宴」も、そんな風流なひとときを鮮やかに描いた作品です。明治時代に振り返って描かれた演出も含まれますが、四季の行事と音楽が深く結びついていたことがうかがえます。
画像・参考:出典:国立国会図書館「本の万華鏡」第24回・第2章/楊洲周延「江戸風俗十二ケ月之内 八月 月見之宴」
12.六段の作者は謎もある

テレビやラジオでもよく耳にする代表曲「六段の調(しらべ)」は、長らく八橋検校が作曲したものと伝えられてきました。しかし近年の研究では、八橋が生まれるより前の時代から原型となる曲が存在していたことがわかり、正確な起源は謎に包まれています。その名の通り6つの短い楽章から成り、歌を伴わない器楽独奏曲として非常に重要な位置を占めてきました。大正3年刊の楽譜を見ても、時代を超えて愛され続けてきた歴史の重みを感じますね。
画像・参考:出典:国立国会図書館「本の万華鏡」第24回・第1章/東京音楽学校編『箏曲集』第1編、1914年刊
13.お茶の言葉で恋の歌

古典曲の「茶の湯音頭」は、タイトルだけ見るとお点前の堅苦しい作法を説明する歌のように思えますよね。ところが実際は、茶道具や茶室、有名な茶の産地の名前を巧みに織り交ぜて男女の恋模様を歌い上げるという、粋な言葉遊びの曲なのです。菊岡検校の三味線曲に八重崎検校が箏の手付けをした名作で、元の歌詞が伊勢音頭に由来することからこの名が付きました。明治43年刊の楽譜からも、当時の人々のユーモアセンスが垣間見えます。
画像・参考:出典:国立国会図書館「本の万華鏡」第24回・第1章/鎗田倉之助編『箏曲花がたみ』第3集、1910年刊
14.和歌がそのまま歌詞に

幕末に活躍した二世・吉沢検校の代表作「千鳥の曲」は、古くから伝わる有名な和歌をそのまま歌詞に取り入れた作品です。具体的には、前半に『古今和歌集』の祝いの歌、後半に『金葉和歌集』の寂しい情景の歌を一首ずつ配するという構成になっています。同じ鳥をテーマにしながらも前半と後半でガラリと雰囲気が変わり、間奏部分では波の音や千鳥が飛び交う様子が表現されています。本で読むのとは一味違う、音で味わう和歌の世界も素敵ですね。
画像・参考:出典:国立国会図書館「本の万華鏡」第24回・第1章/西野琴彦編『古今俗曲全集 西洋楽譜』3集、1916年刊
15.明治の箏が五線譜に

西洋音楽が本格的に導入された明治時代には、日本の伝統音楽を西洋の記譜法で学ぼうとする新しい試みも行われました。明治21年(1888年)、文部省の音楽取調掛は、和楽器のメロディを西洋の「五線譜」で記した画期的な入門書『箏曲集』を刊行しています。日本語の表紙から始まる歌詞ページと、英語の表紙から始まる楽譜ページに分かれており、画像の「姫松」のように学校教育向けに歌詞を改めた替え歌も収録されていました。
画像・参考:出典:国立国会図書館「本の万華鏡」第24回・第3章/文部省音楽取調掛編『箏曲集』、1888年刊
16.春の海には波や鳥の音

お正月のBGMとして日本中で親しまれている宮城道雄作曲の「春の海」には、単なる穏やかなメロディ以上の情景が込められています。作曲者本人の言葉によると、瀬戸内海の穏やかな波の音や、船を漕ぐ艪(ろ)のきしみ、水鳥の鳴き声を演奏技法で表現したのだそうです。元々は尺八との二重奏として作られましたが、1932年には世界的なヴァイオリニストと共演して海外でも絶賛されました。次に聴くときは、ぜひ美しい海の風景を思い浮かべてみてくださいね。
画像・参考:出典:国立国会図書館「本の万華鏡」第24回・第1章/『教育音楽』中学版4(1)、1960年1月掲載「春の海」冒頭楽譜
まとめ
箏の歴史は、有名な名曲や名人の名前だけでできているわけではありません。楽器を仕立てるお店があり、お稽古に通う人がいて、練習の成果を披露するおさらい会や季節の宴がありました。古書の挿絵や浮世絵をじっくり眺めてみると、伝統音楽が昔の人々の暮らしと温かく結びついていたことが、少し具体的に感じられますよね。
一方で、同じ「こと」という呼び名にも構造の違いがあり、よく知られた名曲の作者にもいまだ未解明なロマンが残されています。次に和楽器の演奏を耳にする機会があれば、弦を支える琴柱の仕組みや一緒に奏でる楽器の役割にもぜひ注目してみてください。おなじみの音色の向こう側に、昔の人たちの息遣いや楽しみが見えてきて、誰かにちょっとした豆知識を話したくなるはずですよ。
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