きらびやかな十二単や優雅な和歌の世界など、なんだかロマンチックなイメージがある平安時代。でも、当時の人たちが実際にどんな毎日を送っていたのか、詳しく知っている人は意外と少ないのではないでしょうか?実は、私たちが思い描く「雅(みやび)な世界」の裏側には、現代人が聞くとびっくりするような独特のルールや習慣がたくさん隠されているんです。
今回は、学校の授業では教えてくれない、くすっと笑えて誰かに話したくなるようなエピソードをたっぷり集めました。貴族たちの恋愛事情から驚きの食生活まで、千年以上前のリアルで不思議な日常を、一緒に楽しくのぞいてみましょう!
1.十二単の重さ

貴族の女性の正装として有名なこの衣装ですが、実はすべて重ねて着ると約20キログラムもの重量になったと言われています。これは現代でいうと、10キロのお米の袋を2つ背負っているような状態です。そのため、当時の女性たちは衣装を着たまま活発に歩き回ることができず、基本的には座ったままで一日を過ごしていました。優雅に見える姿の裏には、大変な体力が必要だったのですね。
2.入浴は年数回

きれい好きで知られる現代の日本人ですが、当時の貴族たちはほとんどお風呂に入りませんでした。それどころか、むやみに水浴びをすることは病気や災いを招く危険な行為だと信じられていたのです。カレンダーの吉凶を見て「この日は入っても大丈夫」とされた特別な日にだけ身を清めていたため、月に1回、あるいは年に数回しか体を洗わないことも珍しくありませんでした。
3.香で体臭消し

ほとんど入浴しないとなると、どうしても気になってくるのが体のニオイですよね。そこで大活躍したのが、服に香木の煙をじっくりと焚き染める習慣でした。貴族たちはそれぞれ自分だけのオリジナルブレンドを持っており、すれ違ったときの香りで誰が来たのかわかるほどだったそうです。いい匂いをさせることは、当時のトップクラスの身だしなみであり、高い教養の証でもありました。
4.超夜型の生活

電気がなかった時代は早寝早起きだったと思われがちですが、宮中で働く貴族たちは驚くほど夜更かしをしていました。天皇や上司のスケジュールに合わせるため、午前3時ごろに起きて出勤の準備を始めるのが日課だったのです。そして午前中に仕事を終えると、午後はのんびり過ごし、夜は宴会や恋愛を楽しんでから遅くに眠るという、現代人も顔負けのハードな生活を送っていました。
5.美人の絶対条件

現代では「小顔で目がぱっちりしている人」がモテることが多いですが、当時の基準はまったく逆でした。もっとも重視されたのは、下ぶくれでふっくらとした白い肌と切れ長の細い目です。さらに、自分の身長よりも長く伸びたツヤのある黒髪が最大のチャームポイントとされていました。当時の絵巻物を見るとみんな同じような顔に描かれているのは、この理想形を表現しているからです。
6.眉毛を抜く理由

当時の女性たちは、思春期を迎えると自分の生まれつきの毛をすべて抜いたり剃ったりしてしまいました。そして、本来あった場所よりもずっと高いおでこのあたりに、墨で丸い形を描くのが定番のメイクだったのです。これには、感情が顔に出るのを隠して上品に見せるためという大切な目的がありました。喜怒哀楽をあまり表に出さないことが、大人のたしなみとされていたのですね。
7.歯を黒く染める

白い歯が美しいとされる現代とは違い、当時は男女問わず大人になると黒い染料を塗る「お歯黒」の習慣がありました。これは単なるファッションではなく、一人前の大人になったことを示す成人の儀式のような意味合いを持っていました。さらに、使われていた液体には鉄分やタンニンが含まれていたため、虫歯や歯周病を予防するコーティング効果も実際にあったというから驚きです。
8.顔を見せない恋

良家の女性は、父親や夫以外の男性に素顔を見せないのが絶対のルールでした。そのため、アプローチするときも御簾(みす)や几帳(きちょう)といった仕切り越しに会話をするのが基本だったのです。男性は相手の容姿がまったくわからないまま、声のトーンや袖口の色合い、手紙のセンスだけで恋に落ちていたというのですから、とても想像力が試されるロマンチックな時代ですね。
9.字の綺麗さが命

相手の顔が見えない恋愛において、第一印象を決める最大の武器となったのが手紙(和歌)でした。どんなに素敵な言葉を綴っていても、筆跡が汚いだけで「教養がない人」とみなされて即座にフラれてしまうことさえあったそうです。また、季節に合わせた紙の色選びや、手紙にどんな花の枝を添えて届けるかといったトータルコーディネートも、厳しくチェックされていました。
10.通い婚の仕組み

この時代の結婚は、男女が同じ家に引っ越して暮らすのではなく、男性が夜になると女性の家へ出かけていくスタイルが一般的でした。そして朝になると、また自分の家へと帰っていくのです。もし男性の足が遠のいてしまい、しばらく訪問が途絶えるとそのまま自然消滅で離婚成立となってしまいました。女性にとっては、相手の愛がいつまで続くかハラハラするシステムだったようです。
11.結婚成立の儀式

まだ婚姻届のような書類がなかった時代、ふたりの関係を周囲に認めてもらうための可愛らしいイベントがありました。男性が女性の家に3日連続で通い続けた日の夜にふたりで小さなお餅を食べるというものです。「三日夜の餅(みかよのもち)」と呼ばれるこの行事を無事に終えると、正式な夫婦になったと家族から祝福されるルールになっていました。
12.食事は一日二食

当時の貴族たちの食事の回数は、現代よりも少なくて朝と夕方の2回だけでした。朝といっても午前10時ごろに最初の食事をとり、午後4時ごろには夕食を済ませるというサイクルです。お米や魚、野菜などがたくさん並んでいましたが、冷蔵庫や輸送技術がなかったため、海から遠い京都では干物や塩漬けの食材が中心だったと言われています。
13.貴族の運動不足

重い衣装を着て、移動するときはいつも乗り物を使っていた貴族たちは、とにかく体を動かす機会がありませんでした。そのうえ、お酒や甘いものを好んで口にしていたため、多くの人が現代でいう生活習慣病や糖尿病に悩まされていたと記録に残っています。あの有名な藤原道長も、晩年は喉の渇きや視力の低下に苦しんでいたと言われており、いつの時代も健康管理は大変だったようです。
14.高級デザートの氷

冷凍庫などなかったこの時代に、なんと夏場に冷たいかき氷を食べる習慣がありました。冬の間に山奥で作られた天然の塊を、「氷室(ひむろ)」と呼ばれる地下の涼しい保管庫で夏まで保存していたのです。それを金属の刃で細かく削り、植物の樹液を煮詰めた甘いシロップをかけて味わうのは、ひと握りの超エリートだけに許された最高の贅沢でした。
15.チーズの祖先

実はこのころの日本には、牛乳を使った乳製品がすでに存在していました。「蘇(そ)」と呼ばれるこの食べ物は、牛乳をひたすら煮詰めて水分を飛ばして固めたもので、濃厚なミルクケーキのような味わいだったそうです。作るのに大変な手間と大量のミルクが必要だったため、天皇や上級貴族しか口にできない幻の滋養強壮フードとして大切に扱われていました。
16.方向音痴な外出

当時の人々が何よりも気にしていたのが、陰陽道(おんみょうどう)に基づく方角の吉凶でした。行きたい場所が「今日は不吉な方向」にあたると、わざわざ前日の夜に別の場所へ泊まってから目的地へ向かうという回り道をしていたのです。この「方違え(かたたがえ)」というルールのおかげで、すぐ近くの家に行くのにも一晩かかるという、今では考えられない苦労をしていました。
17.外出禁止の日

方角だけでなく、カレンダーの巡り合わせによって「絶対に家の外へ出てはいけない」とされる期間もありました。この期間に入ると、貴族たちは門や窓をすべて閉め切り、外部の人とも一切会わずにひたすら部屋にこもるのが鉄則でした。もし急な仕事が入っても、「物忌み(ものいみ)中なので休ませてください」という言い訳が公式に通用したというから、少しうらやましい気もしますね。
18.病気は怨霊のせい

医学がまだ発達していなかったため、風邪をひいたりお腹が痛くなったりすると、すべて目に見えない悪霊の仕業だと考えられていました。そのため、高熱が出たときに呼ばれるのはお医者さんではなく、お経を唱えて悪霊を追い払ってくれるお坊さんや祈祷師だったのです。部屋の周りで大声でお経が響き渡る環境は、安静にしたい病人にとってはかなりの騒音だったのではないかとも言われています。
19.くしゃみは不吉

現代でも「誰かが噂をしている」などと言われますが、当時はもっと深刻な意味を持っていました。鼻がムズムズして音が出ると、「魂が体から抜け出して寿命が縮まるサイン」として本気で恐れられていたのです。そのため、周囲の人はすかさず「休息万命(くそくまんみょう)」という長寿を願う呪文を唱えてあげるのが、思いやりのあるマナーとされていました。
20.夢の中の恋模様

眠っている間に見る光景も、単なる脳の記憶の整理ではなく、スピリチュアルな現象だと信じられていました。もし夢の中に好きな人が出てきたら、それは自分が思っているからではなく、「相手があまりにも自分を強く想っているせいで魂が飛んできた」と解釈したのです。逆に、自分の気持ちが相手に届いてほしいときは、着ている服を裏返しにして寝るというおまじないが流行していました。
21.名前を隠す文化

私たちがよく知っている「紫式部」や「清少納言」といった呼び名は、実は彼女たちの本名ではありません。当時は、自分の本当の名前を他人に知られることは、呪いをかけられたり魂を支配されたりするのと同じくらい危険だと考えられていました。そのため、宮中で働く女性たちは、父親や夫の役職名と自分の特徴などを組み合わせたニックネームで呼び合うのが一般的だったのです。
22.ひらがなの誕生

それまで日本には中国から伝わった漢字しかありませんでしたが、この時代に大きな文字革命が起きました。漢字のパーツを崩して素早く書けるようにした文字が広まり、特に女性たちが自分の素直な気持ちを表現するためのツールとして大流行したのです。当時は「女手(おんなで)」と呼ばれており、この文字が生まれたおかげで、世界に誇る長編小説や日記文学が次々と誕生することになりました。
23.源氏物語の秘密

世界最古の長編小説とも言われるこの大ベストセラーですが、当時は印刷技術がなかったため、すべて人の手で書き写して広められました。紙がとても高価だったこともあり、続きが読みたくてたまらない貴族の女性たちは知り合いから借りて必死に筆写していたそうです。また、作者が書いたオリジナルの原稿は残っておらず、後世の人たちが書き写したバージョンが現代まで受け継がれています。
24.蹴鞠のルール

貴族たちが夢中になったスポーツといえば、鹿の革で作ったボールを落とさないように蹴り合うゲームです。現代のサッカーと大きく違うのは、相手と勝ち負けを競うのではなく全員で協力して何回続けられるかを楽しむという点でした。相手が蹴りやすい高さや場所にパスを出すことが何よりも尊ばれ、「思いやりの精神」がそのまま形になったような平和な競技だったのです。
25.牛車の乗り心地

貴族のお出かけに欠かせない高級車のような存在でしたが、その快適さは現代の車とは比べものにならないほど過酷でした。タイヤが木製でクッションもないため、石ころだらけの道を走るたびにガタガタと激しく揺れて車酔いする人が続出したそうです。さらに、牛が暴走して横転する事故も珍しくなく、乗るときは柱にしっかりつかまっていないと危険な乗り物でもありました。
26.トイレの仕組み

きらびやかな屋敷に暮らしていた貴族たちですが、排泄のときはどのようにしていたのでしょうか。実は、部屋の中に固定された個室があるわけではなく、「樋箱(ひばこ)」と呼ばれる持ち運び可能な木製の箱を毎回持ってきてもらうスタイルでした。用を足したあとは、専門の係の女性がそれを受け取って外へ捨てに行くというシステムになっており、最初は恥ずかしがるお姫様も多かったようです。
27.扇の意外な使い道

夏に涼しい風を送るためのアイテムとして生まれましたが、貴族たちの間ではそれ以上に重要な役割を持っていました。女性は知らない男性と話すときに自分の顔を隠すためのシールドとして常に手元に置いていたのです。また、骨組みの隙間に手紙を挟んでプレゼントを渡したり、その上に直接和歌を書き込んで愛の告白に使ったりと、コミュニケーションに欠かせない万能グッズでした。
28.色の重ね着ルール

たくさんの着物を重ねて着るとき、どんな色の組み合わせでも自由というわけではありませんでした。「襲(かさね)の色目」と呼ばれる厳格なファッションルールがあり、春なら桜や梅、秋なら紅葉などそのときの季節の自然を表現する配色が決まっていたのです。もし季節外れの色を着てしまえば、「空気が読めないセンスのない人」として宮中で笑われてしまうほど、厳しいチェックの目が光っていました。
29.死刑がない時代

実はこの時代の約350年間、朝廷によって公式に極刑が執行された記録が一度もありません。これは仏教の「生き物を殺してはいけない」という教えが広まったことや、処刑した相手が恐ろしい怨霊になって祟るのを極度に怖がったからだと言われています。重い罪を犯した人でも、遠い地方へ島流しにするのが最大の罰則だったという、世界の歴史を見ても非常に珍しい平和な期間でした。
30.庶民のリアル

ここまで貴族の優雅な暮らしを見てきましたが、当時の人口のほとんどを占める一般の人々はまったく違う生活をしていました。彼らは着物の裾を短くして動きやすい服装で働き、恋愛も顔を隠すことなく自由に出会って結婚するスタイルだったのです。お風呂の代わりに川で行水をしてさっぱりしたり、貴族よりもずっと健康的でたくましい毎日を送っていたのかもしれませんね。
まとめ
いかがでしたでしょうか?優雅で華やかなイメージのある平安時代ですが、実際にのぞいてみると、現代の私たちから見るとちょっと不便でユーモラスな習慣がたくさんありましたね。顔を隠して手紙だけで恋をしたり、方角を気にして遠回りをしたりと、当時の人たちが一生懸命にルールを守って暮らしていた姿を想像すると、なんだか親近感が湧いてきませんか?
ぜひ、気になったエピソードがあれば、家族や友達との会話のネタとしてシェアしてみてください。歴史の教科書とはひと味違う千年以上前の人間ドラマを知ることで、古典の物語や大河ドラマを見るのがこれまで以上に楽しくなるはずですよ!
▼合わせて読みたい
-
-
日本史の雑学まとめ49選【役には立たないけれど面白いエピソード&事件】
戦国から幕末・明治、古代まで、偉人や出来事には教科書では知れない意外な裏話がたくさんあります。信長のかき氷好きや秀吉の親 ...
続きを見る
-
-
日本の雑学60選【実は日本人のほとんどが知らない!? 面白すぎる豆知識】
日本には、長い歴史と豊かな文化の積み重ねから生まれた、思わず誰かに話したくなるような魅力的な雑学が数多く存在します。皇室 ...
続きを見る
-
-
面白くて笑える雑学&豆知識102選【宇宙科学から朝礼ネタまで役立つ解説付き】
世の中には「えっ、そんなことある!?」とツッコミたくなるような雑学があふれています。この記事では知れば思わず笑ってしまう ...
続きを見る