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1月12日|歴史上の出来事を年代順にまとめ【今日は何の日?】

1月12日 歴史上の出来事

「今日は何の日?」と気になって、歴史上の出来事を知りたい方へ。

1月12日に起きた歴史的な出来事を、年代順にピックアップして紹介します。

教科書に載るような大きな事件から、身近に起きた出来事まで、幅広く雑学としてまとめました。

1月12日の歴史・出来事

歴史上の出来事


1528年:グスタフ1世が戴冠

スウェーデン王グスタフ1世の肖像画
スウェーデン王グスタフ1世の肖像(16世紀) / Wikimedia Commons

スウェーデン王グスタフ1世が、この日ウプサラ大聖堂で正式に戴冠しました。実は即位そのものは1523年で、戴冠式はその5年後にようやく行われたものです。彼はデンマーク主導の連合「カルマル同盟」からスウェーデンを独立へと導いた立役者で、いわば建国の父のような存在です。後のヴァーサ王朝の祖となり、近代スウェーデンの礎を築きました。今もストックホルムでは英雄として語り継がれている人物です。

1865年:高杉晋作の功山寺挙兵

羽織姿の高杉晋作を写した幕末の古写真
幕末に撮影された高杉晋作 / Wikimedia Commons

幕末の風雲児・高杉晋作が、長州藩の保守派を倒すため、わずかな同志とともに下関の功山寺で挙兵しました。雪の舞う夜、「これより長州男児の肝っ玉をお目にかける」と告げて立ち上がったと伝わります。当初立ち上がったのは伊藤俊輔(後の伊藤博文)率いる力士隊ら、ごく少数の同志だけでしたが、このクーデターが長州藩を倒幕へと突き動かし、明治維新へつながっていきました。

1874年:愛国公党を結成

若き日の板垣退助の肖像写真
愛国公党を結成した板垣退助(明治初期) / Wikimedia Commons

板垣退助らがこの日、日本初の政党といわれる「愛国公党」を結成しました。征韓論に敗れて政府を去った板垣退助・後藤象二郎・副島種臣・江藤新平らが中心で、人は生まれながらに権利を持つという天賦人権論を掲げ、議会を国民が選ぶ「民撰議院」の設立を政府に求めたのが特徴です。やがて自由民権運動の大きなうねりへと発展し、後の自由党の源流ともなりました。日本の民主主義の出発点ともいえる出来事です。

1895年:ナショナル・トラスト発足

ナショナル・トラスト創設者オクタヴィア・ヒルの肖像画
ナショナル・トラスト創設者の一人オクタヴィア・ヒル / Wikimedia Commons

イギリスで自然や歴史的建造物を守る市民団体「ナショナル・トラスト」が発足しました。産業革命で失われゆく自然を憂えた3人の市民の呼びかけから始まったもので、寄付や会費で土地や建物を買い取り、開発から永久に守るという画期的な仕組みです。今では数百万人の会員を抱え、イギリス各地の美しい景観や古城を保全しています。この理念は世界に広がり、日本各地のまちづくりにも影響を与えました。

1911年:日本初のスキー指導

日本でスキーを履いたレルヒ少佐
日本で撮影されたテオドール・フォン・レルヒ少佐 / Wikimedia Commons

オーストリア陸軍のレルヒ少佐が、新潟県高田(現・上越市)で陸軍の青年将校たちにスキーを指導しました。これが日本で初めての本格的なスキー指導とされ、1月12日は「スキーの日」にもなっています。当時は2本のストックではなく、1本の長い杖でバランスを取りながら滑る独特のスタイルでした。雪国の軍事訓練として始まったスキーが、やがて国民的なウインタースポーツへと育っていきました。

1914年:桜島の大正大噴火

1914年の桜島大正大噴火で立ちのぼる噴煙
1914年の桜島大正大噴火 / Wikimedia Commons

鹿児島の桜島で、20世紀以降の日本最大規模となる大噴火が始まりました。噴煙は高さ約1万メートルに達し、火山灰は遠くカムチャッカ半島にまで届いたと記録されています。流れ出た大量の溶岩が海峡を埋め立て、それまで島だった桜島が対岸の大隅半島と陸続きになってしまったのです。地図が書き換わるほどの大事件でした。1月12日は「桜島の日」とされ、火山と共に生きる地域の防災を考える日にもなっています。

1928年:相撲ラジオ中継開始

大正時代の相撲の取組を写した写真
大正時代に撮影された大相撲の取組 / A.Davey from Portland, Oregon, EE UU / CC BY 2.0 / via Wikimedia Commons

大相撲の実況ラジオ放送が、この日NHK(当時の東京中央放送局)によって始まりました。実はこのとき、放送時間内に取組を終わらせる必要から、力士が向き合って構える「仕切り」に初めて制限時間が設けられたのです。制限時間は幕内10分・十両7分と定められ、あわせて土俵に仕切り線も引かれました。それまではいつまでも仕切り直しが続いていました。放送技術が、伝統の相撲のルールそのものを変えたという面白いエピソードです。

2004年:QM2が処女航海へ

洋上を航行する客船クイーン・メリー2の全景
客船クイーン・メリー2(QM2) / Ahecht / CC BY-SA 4.0 / via Wikimedia Commons

当時史上最大の客船「クイーン・メリー2」が、処女航海に出発しました。全長345m、総トン数約14万8千トンという桁外れの大きさで、船内にはカジノや洋上初のプラネタリウムまで備えていました。この船はエリザベス2世女王自らの手で命名されたという格式ある一隻です。出港の日には数千人の観客が詰めかけ、その歴史的瞬間を見守ったといいます。まさに「海に浮かぶ街」と呼ぶにふさわしい巨大客船でした。

2005年:探査機を打ち上げ

ディープ・インパクトを搭載したデルタIIロケット
探査機ディープ・インパクトを搭載したデルタIIロケット / Wikimedia Commons

アメリカの彗星探査機「ディープ・インパクト」が打ち上げられました。この探査機は同年7月、テンペル第1彗星にわざと衝突体をぶつけるという大胆なミッションを成功させます。切り離された衝突体は自ら彗星へと向かい、時速3万7千キロもの猛スピードで激突しました。彗星の内部物質を吹き出させて成分を調べるためで、太陽系の起源を探る大きな手がかりとなりました。映画のような名前の通り、宇宙の謎に挑んだ意欲的な計画でした。

2010年:ハイチ大地震

地震で崩落したハイチ大統領官邸
地震で崩落したハイチの大統領官邸 / Logan Abassi / UNDP Global / CC BY 2.0 / via Wikimedia Commons

カリブ海の島国ハイチで、マグニチュード7.0の直下型地震が発生しました。震源は首都近郊のレオガン付近で、深さもごく浅かったため被害が集中しました。首都ポルトープランスを直撃し、耐震性の低い建物が次々と倒壊、死者は約31万人にのぼる甚大な被害となりました。世界各国から救援が寄せられ、日本も国際緊急援助隊を派遣しています。自然災害の恐ろしさと国際協力の大切さを改めて世界に突きつけた出来事でした。

1月12日の歴史まとめ

歴史上の出来事のまとめ

1月12日は、桜島の大噴火やハイチ地震といった自然の猛威から、スキー伝来や巨大客船の門出まで、激動と挑戦が入り混じった一日だったといえます。日本の民主主義や雪国のスポーツの原点も、この日に刻まれていました。

こうして振り返ると、今日は何の日とも思っていなかった毎日が、特別な出来事の連続だったことがわかります。

ぜひ、今日の雑学をきっかけに歴史の教養を深めてみてください。

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