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4月21日|歴史上の出来事を年代順にまとめ【今日は何の日?】

4月21日 歴史上の出来事

「今日は何の日?」と気になって、歴史上の出来事を知りたい方へ。

4月21日に起きた歴史的な出来事を、年代順にピックアップして紹介します。

教科書に載るような大きな事件から、身近に起きた出来事まで、幅広く雑学としてまとめました。

4月21日の歴史・出来事

歴史上の出来事

前753年:ローマ建国の日

ロムルスがローマの建設地を定める場面を描いた版画
ロムルスによるローマ建設の伝承を描いた版画 / Wikimedia Commons

「すべての道はローマに通ず」で知られる大帝国も、始まりは小さな村でした。伝承によれば紀元前753年のこの日、狼に育てられた双子の兄ロムルスが、イタリア半島の丘に都市国家ローマを築き、初代王に即位したとされます。古代ローマの人々はこの日を建国記念日として盛大に祝い、現在もローマでは毎年4月21日前後に建国祭が開かれています。神話と史実が溶け合った、ロマンあふれる「街の誕生日」です。

1526年:ムガル帝国への一戦

バーブルとイブラーヒーム・ローディーの軍が戦うパーニーパットの戦いの細密画
『バーブル・ナーマ』に描かれた第一次パーニーパットの戦い / Wikimedia Commons

1526年のこの日、北インドのパーニーパットで歴史を変える戦いが起きました。中央アジアから攻め込んだバーブルの軍が、大砲という当時最新の兵器を駆使して、数で勝るローディー朝の大軍を打ち破ったのです。スルターンが戦死してローディー朝は滅亡し、これがのちに300年以上続く大国・ムガル帝国誕生のきっかけとなりました。少数精鋭が火力で大軍を覆した、軍事史に残る一戦です。

1591年:千利休の切腹

茶人・千利休の肖像画
長谷川等伯筆と伝わる千利休像 / Wikimedia Commons

1591年のこの日(旧暦2月28日)、わび茶を大成した茶人・千利休が、天下人・豊臣秀吉の命によって聚楽第で切腹しました。秀吉に重用され、茶の湯を芸術の域にまで高めた利休でしたが、なぜ死を命じられたのかは大徳寺の木像問題など諸説あり、今なお謎に包まれています。権力者と芸術家の緊張関係を象徴する事件として、現代でも小説や映画の題材になり続けています。

1701年:松之大廊下の刃傷

江戸城松之大廊下で浅野長矩が吉良義央に斬りかかる場面を描いた浮世絵
松之大廊下の刃傷を題材にした『忠臣蔵』の浮世絵 / Wikimedia Commons

1701年のこの日(旧暦3月14日)、江戸城の松之大廊下で赤穂藩主・浅野長矩が高家・吉良義央に斬りかかりました。長矩は即日切腹、赤穂藩は取り潰しとなります。この事件こそ、後に四十七士の討ち入りへとつながる「忠臣蔵」の発端でした。映画やドラマで繰り返し描かれてきた物語の幕開けが、まさにこの日だったのです。一本の刀から壮大な仇討ち劇が始まりました。

1836年:テキサス独立の決戦

テキサス軍とメキシコ軍が戦うサンジャシントの戦いを描いた絵画
マッカードル筆「サンジャシントの戦い」(1895年) / Wikimedia Commons

1836年のこの日、テキサス革命の決戦「サンジャシントの戦い」が起きました。サム・ヒューストン率いるテキサス軍が、メキシコ軍を奇襲してわずか18分ほどで打ち破ったと伝わります。司令官サンタ・アナを捕虜にした結果、テキサスはメキシコから独立を勝ち取りました。のちにアメリカ合衆国へと加わるテキサスの運命を決定づけた、短くも劇的な一戦です。

1918年:レッドバロン戦死

軍服姿のマンフレート・フォン・リヒトホーフェン
「レッドバロン」と呼ばれたマンフレート・フォン・リヒトホーフェン / Wikimedia Commons

1918年のこの日、第一次世界大戦の空で最も恐れられたエース、ドイツ軍のリヒトホーフェンが撃墜され戦死しました。真っ赤に塗った三葉機で80機もの敵機を撃ち落とした彼は「レッドバロン(赤い男爵)」と呼ばれ、敵味方を問わず伝説となった人物です。25歳の若さでの最期でしたが、その名はピザチェーンの名や数々の映画・ゲームに残り、今も語り継がれています。

1934年:ハチ公像の除幕式

忠犬ハチ公と彫刻家の安藤照、初代ハチ公像
ハチ公、彫刻家の安藤照、1934年に建てられた初代ハチ公像 / Wikimedia Commons

1934年のこの日、渋谷駅前に忠犬ハチ公の銅像が完成し、除幕式が行われました。驚くことに、亡き主人を毎日駅で待ち続けたハチ自身もこの式典に出席。生きているうちに自分の銅像のお披露目に立ち会うという、なんとも珍しい光景となりました。初代の像は戦時中の金属供出で失われましたが、現在の2代目は今も待ち合わせの定番スポットとして愛されています。

1934年:ネッシー写真掲載

ネス湖の怪物を写したとされた外科医の写真
ネッシーを写したとして1934年に掲載された「外科医の写真」 / Wikimedia Commons

同じ1934年のこの日、英国の新聞デイリー・メールが、ネス湖に現れた怪物「ネッシー」の写真を掲載しました。長い首をもたげた姿を捉えたとされる「外科医の写真」は世界中の話題をさらい、UMA(未確認生物)ブームの火付け役となります。しかし1994年、撮影に関わった人物が「おもちゃの潜水艦を使ったトリックだった」と告白。世紀の謎は、人々を60年も楽しませた壮大な作り話だったのです。

1951年:日本初の民放誕生

1951年から1956年ごろの中部日本放送本社屋
予備免許を受けた中部日本放送の創業当初の本社屋 / Wikimedia Commons

1951年のこの日、日本の民間放送16社に予備免許が交付され、広告で支えられる商業放送がスタートしました。それまでラジオといえばNHKだけでしたが、この日を境に民間のラジオ局が次々と電波に乗り始めます。テレビ全盛の現代につながるCM文化やエンタメ放送の原点が、ここにありました。「民放の日」として記念日にもなっている、放送史の節目です。

1960年:ブラジリア遷都

建設中のブラジリアを写した1959年の航空写真
建設が進むブラジリア(1959年) / Wikimedia Commons

1960年のこの日、ブラジルの首都が海沿いのリオデジャネイロから、内陸に新しく造られた計画都市ブラジリアへと移されました。何もなかった荒野に、建築家ニーマイヤーらが未来的な都市をわずか数年で築き上げたのです。飛行機のような形に設計された街並みは斬新で、後に世界遺産にも登録されました。ゼロから首都を生み出すという、壮大な国家プロジェクトが実を結んだ日です。

1989年:ゲームボーイ発売

任天堂の初代ゲームボーイ本体
1989年に発売された初代ゲームボーイ / Wikimedia Commons

1989年のこの日、任天堂が携帯型ゲーム機「ゲームボーイ」を発売しました。据え置き機が主流だった時代に、どこへでも持ち運べる手のひらサイズのゲーム機は革命的でした。『テトリス』や『ポケットモンスター』といった名作を生み出し、世界中で大ヒット。子どもから大人まで夢中にさせ、その後の携帯ゲーム文化の礎を築きました。多くの人にとって、思い出の一台ではないでしょうか。

4月21日の歴史まとめ

歴史上の出来事のまとめ

古代ローマの誕生からゲームボーイの発売まで、4月21日は「何かが始まった日」が目立つ、創造とロマンにあふれた一日でした。硬い歴史と身近な雑学が見事に同居しています。

こうして振り返ると、今日は何の日とも思っていなかった毎日が、特別な出来事の連続だったことがわかります。

ぜひ、今日の雑学をきっかけに歴史の教養を深めてみてください。

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