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6月22日|歴史上の出来事を年代順にまとめ【今日は何の日?】

6月22日 歴史上の出来事

「今日は何の日?」と気になって、歴史上の出来事を知りたい方へ。

6月22日に起きた歴史的な出来事を、年代順にピックアップして紹介します。

教科書に載るような大きな事件から、身近に起きた出来事まで、幅広く雑学としてまとめました。

6月22日の歴史・出来事

歴史上の出来事

前217年:ラフィアの戦い

戦象を伴うラフィアの戦いを描いた歴史画
ラフィアの戦いを描いた18世紀の想像図 / Wikimedia Commons

紀元前217年のこの日、エジプトのプトレマイオス4世が、シリアのセレウコス朝アンティオコス3世を打ち破りました。注目すべきは、両軍が「戦象」を投入したこと。プトレマイオス側はアフリカゾウ、相手はより大きなインドゾウを使ったとされ、古代版「象の戦車合戦」が繰り広げられました。両軍合わせて約14万人規模ともいわれる、ヘレニズム時代でも屈指の大会戦だったのです。

1633年:ガリレオに有罪判決

ローマの異端審問所に立つガリレオを描いた絵画
ローマの異端審問所に立つガリレオを描いた1847年の絵画 / Wikimedia Commons

1633年のこの日、ローマ教皇庁の裁判で、ガリレオ・ガリレイに有罪が言い渡されました。「地球が太陽の周りを回っている」という地動説を唱えたことが異端とされ、彼は自説の撤回を迫られます。裁判後に「それでも地球は動く」とつぶやいたという逸話は有名ですが、後世の創作とも言われています。彼の名誉が正式に回復されたのは、なんと約360年後の1992年のことでした。

1815年:ナポレオン再び退位

軍艦ベレロフォン号上のナポレオンを描いた絵画
退位後、軍艦ベレロフォン号に乗ったナポレオン / Wikimedia Commons

1815年のこの日、ワーテルローの戦いに敗れたナポレオン1世が、フランス皇帝の座を退きました。一度は失脚した彼が島を脱出し、再び権力を握ってからわずか約100日。この劇的な復活と没落は「百日天下」と呼ばれています。退位後の彼は絶海の孤島セントヘレナへ送られ、二度とヨーロッパの地を踏むことはありませんでした。

1861年:日本初のボウリング場

1861年のこの日、長崎の外国人居留地に、日本で初めてのボウリング場が開設されました。当時の英字新聞に開設を知らせる広告が載っていたことが、その証拠とされています。幕末の動乱まっただ中、まだちょんまげ姿が当たり前だった時代に、長崎ではすでにピンを倒して遊んでいたとは驚きですね。この日にちなんで、6月22日は「ボウリングの日」に制定されています。

1940年:フランスがドイツに降伏

1940年の休戦交渉で使用されたコンピエーニュの鉄道車両
1940年の休戦協定に使用されたコンピエーニュの鉄道車両 / Wikimedia Commons

1940年のこの日、第二次世界大戦でナチス・ドイツに攻め込まれたフランスが、休戦協定に調印しました。調印が行われた場所には、ヒトラーの執念が表れています。それは第一次大戦でドイツが降伏した際に使われたのと同じ「鉄道車両」。22年前の屈辱を晴らすため、ヒトラーはわざわざ同じ車両を博物館から運び出させたといわれています。

1941年:バルバロッサ作戦開始

1941年6月から8月にかけてのバルバロッサ作戦の進撃図
バルバロッサ作戦初期のドイツ軍の進撃を示した地図 / Wikimedia Commons

1941年のこの日、ドイツ軍が突如ソ連へ侵攻を開始しました。これが史上最大規模ともいわれる「バルバロッサ作戦」です。投入された兵力は300万人以上。それまで不可侵条約を結んでいた両国でしたが、ヒトラーはあっさり約束を破りました。しかしロシアの厳しい冬と広大な国土に苦しめられ、この侵攻は最終的にドイツ敗北への大きな転換点となっていきます。

1948年:ウィンドラッシュ号到着

海上を航行する客船エンパイア・ウィンドラッシュ号
客船エンパイア・ウィンドラッシュ号 / Wikimedia Commons

1948年のこの日、客船「エンパイア・ウィンドラッシュ号」がイギリスに到着しました。乗っていたのは、カリブ海地域からやってきた移民たち。戦後の労働力不足に悩むイギリスへ、新たな生活を求めて海を渡ってきた人々です。これが現代イギリスの多文化社会の出発点となり、今も6月22日は「ウィンドラッシュ・デー」として記念されています。

1965年:日韓基本条約に調印

日本と大韓民国との間の基本関係に関する条約の文書
日本と大韓民国との間の基本関係に関する条約 / Wikimedia Commons

1965年のこの日、日本と韓国の国交を正常化する「日韓基本条約」が調印されました。戦後20年、長らく途絶えていた両国の正式な外交関係が、ようやくここで結ばれたのです。同時に経済協力に関する協定も結ばれ、その後の両国の関係を方向づける大きな一歩となりました。現在に至る日韓関係の出発点ともいえる、歴史的な一日です。

1978年:冥王星の衛星を発見

冥王星の衛星カロンの発見につながった観測画像
カロンの発見につながった冥王星の観測画像 / Wikimedia Commons

1978年のこの日、アメリカの天文学者クリスティーが、冥王星の衛星「カロン」を発見しました。発見のきっかけは、冥王星の写真に写った小さな「ふくらみ」。よく見ると、冥王星のそばに別の天体が寄り添っていたのです。カロンは冥王星の半分ほどもある大きな衛星で、この発見によって、遠い冥王星の正体が少しずつ明らかになっていきました。

1986年:マラドーナ神の手

1986年ワールドカップで神の手ゴールを決めるマラドーナ
1986年ワールドカップの「神の手」ゴール / Wikimedia Commons

1986年のこの日、サッカーW杯メキシコ大会の準々決勝アルゼンチン対イングランド戦で、伝説的な2つのゴールが生まれました。アルゼンチンのマラドーナが、こっそり手でボールを押し込んだ「神の手ゴール」と、5人を抜き去った「世紀のゴール」です。反則すれすれのプレーと圧巻のドリブル、その光と影が同じ試合で見られたことで、彼の名は世界中に轟きました。アルゼンチンはこの大会で優勝を果たします。

2013年:富士山が世界遺産に

葛飾北斎が描いた赤富士
葛飾北斎「冨嶽三十六景 凱風快晴」 / Wikimedia Commons

2013年のこの日、日本のシンボル・富士山が世界文化遺産に登録されることが決定しました。「自然遺産」ではなく、信仰や芸術の対象として愛されてきた点が評価され、「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」として認められたのです。三保松原なども構成資産に含まれました。誰もが知るあの美しい山が、世界の宝として正式に認められた記念すべき日です。

6月22日の歴史まとめ

歴史上の出来事のまとめ

古代の象を使った大会戦から、戦争の転換点、そして富士山の世界遺産登録まで、6月22日は硬軟入り混じった出来事が詰まった一日でした。特に日本にとっては、文化と歴史の節目が重なる印象的な日といえそうです。

こうして振り返ると、今日は何の日とも思っていなかった毎日が、特別な出来事の連続だったことがわかります。

ぜひ、今日の雑学をきっかけに歴史の教養を深めてみてください。

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