日本で最も有名なお札の顔、福沢諭吉。実は「勉強の先生」というイメージからは想像もつかないほど、お酒好きで人間味あふれる人物だったことをご存じでしょうか?
今回は、そんな福沢諭吉の知られざるエピソードをまとめた記事の中から、特に面白いネタを厳選してクイズにしました。テスト勉強のような堅苦しさは一切なし!「明日誰かに話したくなる」楽しい雑学ばかりです。全問正解を目指して、ぜひチャレンジしてみてください。
【初級】面白い雑学10選
1. 日本に初めて紹介した料理は?
- ラーメン
- カレー
- オムライス
+ 答えをみる
答え: 2. カレー
日本に初めて「カレー」という概念を紹介したのは諭吉だと言われています。彼が翻訳した英単語帳の中で、Curryを「コルリ」と表記し料理の説明を加えました。国民食カレーのルーツに彼が関わっていたとは驚きですね。
2. 禁酒の代わりに始めたものは?
- 甘いお菓子
- タバコ
- コーヒー
+ 答えをみる
答え: 2. タバコ
無類のお酒好きだった諭吉。「禁酒する」と宣言したものの我慢できず、口寂しさを紛らわすためにタバコを始めました。しかし結局お酒もやめられず、両方を嗜むようになってしまったという、なんとも人間臭いエピソードです。
3. 初めてのバナナどう食べた?
- 皮ごと食べた
- 焼いて食べた
- フォークで食べた
+ 答えをみる
答え: 1. 皮ごと食べた
アメリカ行きの船内で初めてバナナを目にした際、食べ方がわからず皮をむかずに丸かじりしてしまいました。「ひどく渋くて不味かった」という感想を残しており、偉人の可愛い失敗談として知られています。
4. 諭吉の身長はおよそ何cm?
- 約155cm
- 約165cm
- 約173cm
+ 答えをみる
答え: 3. 約173cm
明治時代の日本人男性の平均身長が約155cmだった中、諭吉は約173cmもある大柄な男性でした。街を歩いていても非常に目立ち、その体格と威厳のある顔つきで周囲に圧倒的な迫力を感じさせていたようです。
5. 彼が推奨し流行した鍋料理は?
- もつ鍋
- 牛鍋
- 水炊き
+ 答えをみる
答え: 2. 牛鍋
当時はまだ牛肉を食べる習慣が一般的ではありませんでしたが、諭吉は「牛肉は滋養強壮に良い」といち早く推奨しました。これによって、すき焼きの原型である「牛鍋」が大流行し、文明開化の象徴的なグルメとなりました。
6. 塾内で先生と呼ばれるのは?
- 福沢諭吉だけ
- 年長者だけ
- 自分以外
+ 答えをみる
答え: 3. 自分以外
彼は自分を「先生」と呼ばせませんでした。これは自分だけが特別という意味ではなく、上下関係を嫌ったためです。その影響で、慶應義塾では門下生だけでなく教員同士も含め、互いに「君(くん)」付けで呼び合う文化が生まれました。
7. 『学問のすゝめ』の普及率は?
- 10人に1冊
- 50人に1冊
- 100人に1冊
+ 答えをみる
答え: 1. 10人に1冊
発行部数は340万部以上。当時の日本の人口が約3,500万人だったため、なんと国民の10人に1人がこの本を持っていた計算になります。現代の出版業界でもありえないほどの驚異的なベストセラーでした。
8. 諭吉の名前は何から取られた?
- 漢詩
- 法律書
- 仏教経典
+ 答えをみる
答え: 2. 法律書
儒教の経典であり掟が書かれた『上諭条例(じょうゆじょうれい)』という本から取られました。彼が生まれた日に父親がこの本を手に入れ、非常に喜んだことが由来です。生まれた瞬間から本と深い縁があったのですね。
9. 写真で口を閉じている理由は?
- 歯並びが悪かった
- 虫歯が痛かった
- 威厳を保つため
+ 答えをみる
答え: 1. 歯並びが悪かった
諭吉の写真は厳しい表情のものが多いですが、これは怒っているわけではありません。実は歯並びが悪いのを気にしており、笑って歯が見えるのを避けるため、いつも口を真一文字に結んで写真を撮っていたそうです。
10. 1万円札の顔の期間は約何年?
- 約20年
- 約30年
- 約40年
+ 答えをみる
答え: 3. 約40年
1984年に登場してから2024年に渋沢栄一にバトンタッチするまで、約40年間にわたり最高額紙幣の顔として親しまれました。日本の近代化に尽くした功績と、教育者としてのクリーンなイメージが長く愛された理由です。
【中級】驚きの雑学10選
11. ビールは何に入れて飲んだ?
- 花瓶
- 急須
- 竹筒
+ 答えをみる
答え: 2. 急須
適塾で学んでいた学生時代、禁酒の規則がありましたが、諭吉たちはこっそりお酒を楽しんでいました。なんとビールを急須に入れ、お茶を飲んで勉強しているふりをして宴会を開いていたという、悪知恵の働く一面もありました。
12. 少年時代、お札に何をした?
- 足で踏んだ
- 川に流した
- 破いて燃やした
+ 答えをみる
答え: 1. 足で踏んだ
迷信を信じない合理主義者だった彼は、神社の御神体であるお札を足で踏みつけ「罰が当たるか」実験しました。さらにトイレに捨てるなどの過激な実験も行いましたが、何も起きなかったため、迷信を否定する考えを強めました。
13. 英語転向を決めた場所は?
- 長崎
- 横浜
- 神戸
+ 答えをみる
答え: 2. 横浜
最初はオランダ語を学んでいましたが、開港地の横浜を訪れた際、オランダ語が通じず看板も英語ばかりでショックを受けました。そこで「これからは英語だ」と即座に決断。この柔軟な切り替えの早さが成功の鍵でした。
14. Speechの和訳は何?
- 演説
- 講義
- 弁論
+ 答えをみる
答え: 1. 演説
「Speech」に対し「演説」という言葉を当てたのは諭吉です。それまで日本には大勢の前で意見を述べる文化が希薄でしたが、彼は三田演説館を建設するなど、議論やスピーチの重要性を説き続けました。
15. 諭吉が得意だった武術は?
- 柔道
- 弓道
- 居合
+ 答えをみる
答え: 3. 居合
机に向かうイメージが強いですが、実は居合(いあい)の免許皆伝を持つ腕前でした。心身の鍛錬として、晩年になっても居合の素振りを欠かさなかったと言われています。まさに文武両道の人物でした。
16. 娘をいじめた子に何をした?
- 説教をした
- 体当たりした
- 親に抗議した
+ 答えをみる
答え: 2. 体当たりした
非常に子煩悩だった諭吉。ある時、娘をいじめた男の子に対して本気で怒り、体当たりをして懲らしめたという逸話があります。厳格な父親像とは異なり、家族への愛情をストレートに表現するマイホームパパでした。
17. 彼の散歩のスタイルは?
- のんびり歩き
- 腕を振って早歩き
- 後ろ向き歩き
+ 答えをみる
答え: 2. 腕を振って早歩き
健康維持のためウォーキングを日課にしていましたが、そのスタイルは腕を大きく振って進む早歩き。一度歩き出すと数キロは移動し、雨の日でも家の中を歩き回るほど徹底した健脚ぶりでした。
18. 自ら行っていた家事は?
- 料理
- 洗濯
- 掃除
+ 答えをみる
答え: 3. 掃除
使用人がいる身分でしたが、自分の部屋の掃除は自分ですることを日課にしていました。米つきなどの重労働も進んで行い、それを健康体操の一環として楽しんでいたようです。
19. 初渡米で自分に買った土産は?
- 懐中時計
- 英英辞典
- 万年筆
+ 答えをみる
答え: 2. 英英辞典
初めてアメリカに渡った際、宝石やブランド品ではなく「ウェブスター大辞典」を購入しました。当時はかなりの高額でしたが、この辞書はその後の英語研究や翻訳作業に大いに役立ちました。
20. 諭吉の遺言に関する事実は?
- 「勉強せよ」と残した
- 遺言はなかった
- 「酒を飲みたい」と残した
+ 答えをみる
答え: 2. 遺言はなかった
死に際に特別な遺言は残しませんでした。彼の思想はすでに著書や慶應義塾の教えの中に十分に記されていたからかもしれません。また、突然の脳出血で倒れ、言葉を発せなかったためとも言われています。
【上級】深すぎる雑学10選
21. 保険制度を最初は何と訳した?
- 安心売買
- 災難請合
- 未来貯金
+ 答えをみる
答え: 2. 災難請合
欧米の保険制度を日本に紹介する際、万が一の災害や病気に備えて大勢でお金を出し合う仕組みを「災難請合(さいなんうけあい)」と表現しました。これが現在の生命保険や損害保険のルーツの一つとなっています。
22. 私財を投じて支援した人物は?
- 野口英世
- 北里柴三郎
- 夏目漱石
+ 答えをみる
答え: 2. 北里柴三郎
ペスト菌発見などで知られる北里柴三郎が、国からの援助を得られず困っていた際、諭吉は私財を投じて日本初の伝染病研究所を作らせました。日本の医学発展の裏には、彼のポケットマネーがあったのです。
23. 政府の誘いに対する態度は?
- 喜んで引き受けた
- 条件付きで承諾した
- 生涯断り続けた
+ 答えをみる
答え: 3. 生涯断り続けた
明治政府から何度も役人に誘われましたが、全て断りました。権力の中に入るより、民間の立場から自由に発言して国を良くすることを選んだのです。この「独立自尊」の精神こそが彼の真骨頂です。
24. Societyの訳語は?
- 世間
- 社会
- 人間交際
+ 答えをみる
答え: 2. 社会
当初は「人間交際」などと訳していましたが、最終的に「社会」という言葉を定着させました。私たちが普段当たり前に使っている言葉の多くは、彼ら明治の知識人たちが苦労して日本語に翻訳したものなのです。
25. 「自由」に与えた新しい意味は?
- わがまま
- 責任ある行動
- 無限の権利
+ 答えをみる
答え: 2. 責任ある行動
それまで「自由」は「わがまま」のような悪い意味で使われていましたが、諭吉はLibertyの訳語として採用し、自らの責任で行動するというポジティブな意味を与えました。近代的な権利としての「自由」を定着させた功労者です。
26. 女性の地位向上への考えは?
- 男尊女卑を肯定
- 男女平等を主張
- 関心がなかった
+ 答えをみる
答え: 2. 男女平等を主張
明治時代において「人」として男女に上下はないと考えた数少ないフェミニストでした。娘たちにも男子と同じ教育を受けさせ、財産を分与するなど、時代を先取りした行動を実践しました。
27. 若い頃にした意外なバイトは?
- 春画の翻訳
- 飛脚
- 屋台のラーメン屋
+ 答えをみる
答え: 1. 春画の翻訳
嘘か本当か定かではありませんが、お金に困った際に春画(大人の絵)に書かれたオランダ語を翻訳するバイトをしたという噂があります。自分の語学スキルをお金に変えるたくましさは若い頃から健在だったようです。
28. 彼の出身身分は?
- 上級武士
- 下級武士
- 農民
+ 答えをみる
答え: 2. 下級武士
中津藩の下級武士の家系でした。身分制度が厳しい時代に家柄による差別を経験し、強い憤りを感じていました。これが後の「天は人の上に人を造らず」という平等思想の原点になったと言われています。
29. 欧米視察後に提案した施設は?
- 映画館
- 動物園
- 遊園地
+ 答えをみる
答え: 2. 動物園
欧米視察で博物館や動物園に感銘を受け、日本にもこれらを作るべきだと提言しました。珍しい動物を見ることは単なる見世物ではなく、人々の教養を深めるために必要だと考えたのです。
30. 命日である2月3日の呼び名は?
- 諭吉忌
- 桜田忌
- 雪池忌
+ 答えをみる
答え: 3. 雪池忌
彼のお墓がある麻布の善福寺にちなみ、命日は「雪池忌(ゆきちき)」と呼ばれています。毎年この日には多くの慶應義塾関係者やファンが訪れ、彼を偲んでいます。
まとめ
いかがでしたでしょうか。福沢諭吉といえば「お札の人」「偉い先生」というイメージでしたが、お酒の失敗やバナナの食べ方など、人間味あふれる一面を知ると親近感が湧いてきますね。
彼は単に勉強ができただけでなく、古い慣習にとらわれず新しい時代を切り開く「ロックな精神」の持ち主でした。30問を通して、そんな彼の魅力やエネルギーを感じていただけたなら幸いです。
▼クイズの答え・元ネタをじっくり読みたい方はこちら
福沢諭吉雑学の詳細
-
-
福沢諭吉の雑学30選~一万円札の意外な素顔~
日本で最も有名なお札の顔、福沢諭吉。皆さんも一度は手にしたことがあるはずですが、彼が一体どんな人物だったのか、詳しくは知 ...
続きを見る
▼他のアニメ雑学もまとめて楽しみたい方へ
アニメ雑学の詳細
-
-
アニメの雑学&豆知識153~おもしろくて怖い~【永久保存版】
アニメや漫画の裏側には、作品をもっと好きになる“知られざる小ネタ”が山ほど眠っています。制作現場の意外なルール、キャラク ...
続きを見る